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2006年1月

2006.01.29

サックスを吹く

このブログを客観的に眺めるに、「練習と本番」カテゴリーのエントリは、意外なほど少ない。
どうやら、あんまり練習をしていないらしい<ぢぶん(苦笑)。

久々にサックスばかり吹いていた週末。
昨日は来週の本番をお手伝いさせていただくサクソフォンアンサンブルの練習へ。
今回はテナー。この人数(13人)でテナーの位置に座るのは珍しい経験で、普段あたまに座っているのとは吹いていて聞こえてくる音が全然違うので、少々面食らう。
今回の曲目(ホルストの第1組曲)の練習は事実上今日1回だけなので、少々心許ないところはあるけれど、よい本番になりますように。

今日は、自分のアンサンブル
実は日本サクソフォン協会のアンサンブルコンクールのエントリ締切(録音審査)が迫っていて、来週録音の予定を入れているんだけど、実はメンバーが4人揃ったことが皆無に等しく(冷汗)、なにげにやばいのです。こっちはソプラノだけど、最近ソプラノあんまり吹いてないし。

というわけで、早めに行って、みなとみらいの練習室をひとりでひろびろと使い、個人練習。
真ん中の「シ」(記譜)の音をロングトーン。豊かできつくない音色と、適度な倍音成分を含んで遠くまで飛んでいく響きをイメージしつつ、オクターブ上へ跳躍。しかしソプラノの上の「シ」ってなんでこんなにピッチが定まらないんだろうか。オレだけか?ジャストポイントを注意深く探しつつ、決まったところで今度はそこからゆっくりと半音ずつ降りる。
一番下まで到達したら、アンブシュアを極力変えずに再び上の「シ」。こんどは上へ半音ずつ上昇。最高音まで。
むかし習っていた師匠に教わった方法を自分なりにアレンジしたウォームアップ法だけど、丁寧にやっているとこれだけで30分や1時間くらいすぐに経ってしまう。でもやるとやらないとではその後の調子がかなり違うので、極力時間のあるときはやりたいと思っている。
合わせ練習自体は、今日もたいしたことは出来なかった。来週はどうなることやら。次の土日も既にサックス漬け確定。

みなとみらいの小ホールはママさんコーラスの演奏会本番で、義母が出演していたので、練習終了後はそちらに来場していた妹夫婦たちと合流。お店を探すもどこもスゲェ混んでいて、結局アンナミラーズになりました。いつぞやも同じパターンだったな。

2006.01.26

コバケン・マーラー3番

tirasi608日本フィルハーモニー交響楽団 第577回定期演奏会(サントリーホール)

マーラー/交響曲第3番
 アルト独唱:坂本朱
 ポストホルン独奏:ミロスラフ・ケイマル(フリューゲルホルン使用)
 合唱:東京音楽大学、新座少年少女合唱団
 指揮:小林研一郎

マーラーの3番を演奏会場で聴くというのは、かなりに特別な体験だと思う。開演ぎりぎりに飛び込んで、いきなり壮絶な時間に引きずり込まれて、1時間40分。気がついたら終わっていた。

こういう音楽が書けるというのは、世界はいま自分自身のなかにある、ということを全身全霊で確信するということだ。
ひとりの人間の人生の中で、そのような確信を持つことのできる時間は、一瞬だと言っていいほど限られている。
至高の時間を遺してくれたマーラー氏に、感謝。

箱山さんのトロンボーンソロ、ブラボー。

2006.01.24

プロコフィエフと芥川也寸志

tirasi607東京都交響楽団 第621回定期演奏会(東京文化会館)

芥川也寸志/弦楽のための三楽章
同 /チェロとオーケストラのためのコンチェルト・オスティナート(山崎伸子Vc)
プロコフィエフ/交響曲第6番
 指揮:湯浅卓雄

別宮貞雄氏プロデュースの都響1月定期第2夜。1人の日本人作曲家の作品と、作曲者が影響を受けた海外作曲家の作品を並べるという趣向。
毎年の1月定期はこの方式でシリーズ化されるようで、来年は間宮芳生(ミヨー、オネゲル)と小倉朗(バルトーク)、再来年は武満(ベリオ)に三善(デュティユー、ブーレーズ)だそうだ。いかにも別宮さんらしい選択。

演奏は前半の芥川作品が素晴らしかった。都響弦上手いなあ。1曲め「トリプティク」は実は以前、某合奏団で吹奏楽編曲版を吹いたことがあるんだけど、すっかり忘れていた。曲中にヴァイオリンやヴィオラの胴を叩く音というのが指定されていて、それだけのために舞台にギターを3台ほど持ち込んだのを覚えている。
後半はプロコフィエフ。有名な「5番」じゃなくて(芥川の交響曲第1番とプロコの5番って、笑っちゃうくらいそっくりな部分があるのだ)、6番ってところが挑戦的だ。いやーしかし難曲ですね。いつになく傷が多かったけれど、これまたいつにもなく勇猛果敢な演奏で、なんだか都響じゃないみたい。

2006.01.21

雪の日のリード

東京は積雪8cmの雪。5年ぶりだそうだ(5年前の時というのは某アンサンブルの練習日で、大変な目に遭ったことを覚えている)。
この程度で大騒ぎしていては、雪国の方々には本当に申し訳ないと思いつつ。

060121

正午頃、拙宅の向かいの公園内の風景。


tirasi606電車の車窓に白く雪の舞い積もる幻想的な風景が広がる中、横浜へ出て、シエナウィンドオーケストラを聴く(みなとみらいホール)。

指揮は金聖響。全曲アルフレッド・リード作品(チラシをクリック拡大参照。ちょっとエゲツない程の豪華プログラム)。
前売発売10日後くらいに告知を見つけて(去年の11月初め頃のこと)、これは聴くしかないっしょ、と申し込んでみたら、その時点で既に前売チケットは数えるほどしか残っていなかったのだった。明日は、追加公演がある。

感想としては、金管が巧くなったのはここ10年くらいの日本のプロ楽団全般に共通する特徴だなあと実感したこと(「音プレ」や「アレルヤ」での金管セクションのモルト・レガート・ソステヌートなソノリテというのは、ちょっと前だったら絶対に聴くことは出来なかった)、金さんがすごくのびのびと(東京のオーケストラとかに客演した時よりも余程、)振っていたこと。
ライブCDを出すということで、マイクがいっぱい立っており、緊張にみちた好演だったが、「アルメニアンダンスパート1」ではちょっと崩れた。なんとか辻褄を合わせちゃうところがプロだけど。思うに「この曲は何度もやってるし、大丈夫でしょ」てんで、あんまりリハーサルをしてなかったんじゃないか。怖い曲です。明日はきっと良い演奏になると思う。


開場前に、クイーンズスクエア内のアフタヌーンティー・ティールームに入る。
普段はすごい行列で、とても入ろうなんて気にはならないんだけど、今日はさすがにガラガラ。目の前の遊園地も臨時休園だし。「お好きな席にお座りください」なんて言われてしまった。あり得ない。

美味しゅうございました。(^_^)

afternoon_tea

2006.01.19

メシアンと別宮貞雄

tirasi605東京都交響楽団 第620回定期演奏会(サントリーホール)

メシアン/キリストの昇天
別宮貞雄/チェロ協奏曲『秋』(向山佳絵子Vc)
同 /交響曲第2番~オリヴィエ・メシアンに捧ぐ
メシアン/微笑み
 指揮:若杉弘

今年の初サントリーホール。別宮貞雄氏(都響の協賛会員、要するに個人スポンサーのひとりでもあり、演奏会場でしょっちゅうお見かけする)プロデュースによる都響1月定期の第一夜。しかし最近メシアンづいてるな。

少々遅れて会場に到着、チラシでは演奏時間10分の「微笑み」が1曲めだったのでまあいいかと思っていたら、曲順が変わって「キリストの昇天」が始まったところで、ちょっとショック。このとびきり美しい曲を都響の金管と弦で聴くのを楽しみにしてたのに。ロビーのスピーカーからは、中で聴いたらさぞ壮麗な響きがするんだろうなという音が聞こえてくる。
休憩をはさんだ2曲は、そのメシアンに私淑した別宮氏の2作。和声とかリズムにフランスぽい感じは少しあるけれど、全体にはそこはかとなく日本調が聞こえる、たいへん親しみやすい映画音楽みたいな雰囲気だった。アルフレッド・リードの第2交響曲などの方がよほど現代音楽的な音だと思う。

御歳83歳の別宮氏、律儀に2曲とも終了後は中央通路すぐ後ろの自席から舞台上まで歩いてきて、場内の喝采を受けていた。
当日のプログラムに別宮氏自ら書いた自作とメシアンの曲目解説、および「メシアンと私」というエッセイがめちゃくちゃ面白い。メシアンが現在のような「カリスマ現代作曲家」となる前から身近で見ていた者の証言として(メシアンと愛弟子のブーレーズとの微妙な関係とか)、たいへん読み応えがある。

最後はふたたびメシアン。
やっぱり都響って巧いわ、と今更ながら実感。楽員個人の技量もさることながら、会場内に響く「音色」に対するセンスが鋭いというか。
音楽は「興味あるものでなければならず、聴いて美しくなければならず、心に触れるものでなければなりません」(byメシアン)。私も、そう思う。

2006.01.18

【東京シティフィル】メシアン、サン=サーンス

tirasi604東京シティ・フィル 第195回定期演奏会(東京オペラシティ)

メシアン/忘れられた捧げもの
サン=サーンス/ヴァイオリン協奏曲第3番(ジェラール・プーレ、Vn)
同 /交響曲第3番「オルガン付き」(小林英之、Org)
 指揮:矢崎彦太郎

フランス音楽シリーズが終了してしまって以来、シティフィルは全然聴いていなかったけれど、久々にオペラシティで矢崎さん指揮のそれっぽい曲目の定期だったので、当日券で行ってきた。2階の右サイド席。
客入りはなかなか良く、1階席や2、3階の正面はほとんど空席がないほど。めでたし。

お目当てのジェラール・プーレのヴァイオリンは良かった。音は明らかに最近のヴァイオリンの輝かしい音色とは違って倍音成分の少ない落ち着いたもので、大きなホールでコンチェルトだとたしかに少々地味な感じだけど、歌いまわしの説得力とステージマナーも含めた前世紀の巨匠ならではの雰囲気は、さすがです。
冒頭のメシアンは聴いていていまひとつ乗り切れなかったが(矢崎さんの指揮の、イチ、ニイと1拍1拍念を押すような分かりやすい振り方が、メシアンの音楽の「厳しさ」を若干削いでしまっていたような。なんて偉そうに言ってみたりして)、最後「オルガン付」は模範的な名演だった。全体を丁寧に仕上げ、推進力にも欠けず、フィナーレは慌てず遅めのテンポで格調高く鳴らすと思いきや、最後の結末はここぞとばかりに盛り上げて堂々と終結する。最もシンプルで分かりやすい、正攻法の演奏。ブラボー。

ステージ上にマイクがたくさん立っていたが、ライブCDでも出すのかな。しかし今日は演奏中に咳込む客さんがことのほか多かったのがちょっと…

2006.01.16

のだめカンタービレ

のだめカンタービレ」14巻が発売されているので、買ってきた。
この漫画については、今更説明は要らないと思う。もしご存じない方は(そんな方がいればの話だが)、日本全国どこの本屋さんにもあるので、是非買って読んでください。

この漫画の「テーマ」は、何だろうか。
最初のうちは、音楽大学という場を舞台にした変人キャラによるコメディだったし、最近はパリに舞台を移して、かなりにコアなクラシック音楽ネタを散りばめたストーリーを展開しているけれど、真のテーマは別にそんなものではない(と思う)。
この漫画のテーマは、「人を教え導くことができるのは、誰でもない、ただ自分自身のみである」という、音楽に限らない、教育というものの最も根本にある本質、なのである(断言)。
アンリ・ベルクソンが「人は、自分が思いもよらない多くの思慮と分別を持ち合わせていることに自ら気付いて進化してゆく」(←うろ覚え)と述べた、その同じことを、主人公のだめに託して描いているのだ。
どのような結末が待っているのか、今から楽しみであります。

「ヤキトリオ」のプーランクのトリオ、聴いてみたいな。
「ピアノ、オーボエとバソンのためのトリオ」とちゃんとフランス語で表記しているところが素晴らしい。
私たちが演奏した時のプログラムは、「バスーン」という表記で妥協したんだけど。

2006.01.15

ユースと高校生

ユース・ウィンドオーケストラのウィンターコンサートへ(海老名市文化会館)。
何度か書いているように、1991年から98年まで、私も団員だった楽団。
この2月に、ここの有志のSaxアンサンブル演奏会にお手伝いで出させていただくこともあり(本家サイト&掲示板で告知済)、ご挨拶がてら聴きに行った。

今回は指揮者の鎌田先生繋がりで、神奈川県立上溝南(かみみぞみなみ)高校吹奏楽部との合同演奏会だった。
第1部がユース、第2部が上溝南高、第3部が合同ステージ。
団員指揮者を今回立てず、全曲鎌田さんが指揮をした。おかげでもう、全プロ通じて鎌田節(ブシ)全開。高校生の集団(ほとんど女子ばっかり。男の子は片手で足りるほど)も、最高齢四十ウン歳の「名ばかり」ユースも、基本的に同じ音色が出てくるのには、感心してしまう。掴みが大きくて豊穣なサウンドで、しかも切り込み鋭い、というか。チマチマした音楽にならないところがいいですね。思い起こしてみたら、自分の音楽形成の上で鎌田さんの下で7年間吹いた影響というのがいかに大きかったことか。

上溝南高校にはその昔、一度だけお邪魔したことがある。精進湖でのユースの夏合宿の帰り、たまたま鎌田さんと車に同乗していて、そのまま上溝南高の練習に連れて行かれてパート練習の指導を頼まれたのだった。
あのとき、夏休みのがらんとした埃っぽい教室で、ほとんどマンツーマンで教えた女の子たちは、今頃どこでどうしているのかな。もう24~5歳くらいにはなっている筈だけど。


今日は暖かかった。
海老名の駅前から、丹沢の山々を見はるかす。

060115

2006.01.14

右手だけで吹けるサクソフォン

先日届いたSaxophone Journalの最新号(Jan/Feb 2006)に、興味深い記事が載っていた。
アメリカ・ネブラスカ州キアニー大学のサクソフォンの教授David Nabbと、Stelling Brass and Windsを主宰するJeff Stellingの共同開発になる、右手だけで全ての操作・演奏が可能なサクソフォン、というもの。

one_handed_sax

右に飛び出ているのは、何かのレバーではなく、単なる把手のようだ。(クリック拡大)

原理としては、右手主鍵列のキーを、双方向が各々に、或いは同時に動くシーソー型のキーとすることによって、左手側のトーンホールも操作可能とするという、アイディアとしては比較的単純なもので、記事によるとその昔Conn社で同様の製品が作られたことがあったらしい。ただその製品は、操作性の上ではかなりの制限があった、とのこと。想像するに、左手で操作するサイドキーの右手部分への集約化が完全ではなかったのだろう。

one_handed_sax_keys

主キー拡大写真

今回紹介されているこの楽器では、オクターブキー、低音B、Bbキーを(バリトンのLowAキーのように)右手親指掛けの周りに、左手小指のC#、G#キーを右手小指に、左手サイドの高音パルムキーを右手サイドに配置することで、サクソフォンの全ての音域が右手だけで演奏可能となっている。

one_handed_sax_fingering

フィンガリング・チャート(部分)(クリック拡大)

運指も、見てのとおり普通の両手用のサクソフォンとかなり似た規則性があるため、その気になれば比較的容易に習得可能なのではないかと思われる。
記事中には、左腕のない東洋系の顔立ちの少年が実際にこの楽器を演奏している写真が載っていた。

ちょっと、感動した。
こういうものを発想し、実際に実用性あるものに作り上げるということこそ、真に偉大なクラフトマンシップというものだ。
記事本文はまだそんなに詳しく読んでいないのだが(英語は気合入れて読まないとならないもので)、とりあえずご紹介させていただく次第。

ケネス・チェ

久々、新宿2丁目の行きつけのお店(○ロッシュのこと(^^;)へ。楽器(テナー)の調整をしてもらう。
これまた久々の土砂降りの雨が辛いっす。

今日は新着CDあり。

cd085

ケネス・チェ(Kenneth Tse)/ Lyric Soprano(Crystal)

ルソー門下の香港系アメリカ人サックス奏者ケネス・チェ(アイオワ大学教授)の、ソプラノアルバム。
このCDについては、既にmckenさんのサイト絶賛の文章が上がっており、付け足すことはほとんどない。

ケネス・チェの演奏を実際にコンサート会場で聴いたのはただ1回、もう7年も前のことになってしまったが、未だに忘れがたい印象が残っている。
当時、アクティブに投稿していた(「パソコン通信」の終焉と共に無くなってしまった)ニフティサーブのサクソフォーン会議室に、こんな文章を書いたものだ。


ケネス・チェ登場。見た目は完全に東洋人です。決して営業用スマイルではない、場の雰囲気の和むような微笑を湛えて舞台に現れ、その雰囲気のまま演奏が始まりました。
柔らかく落ち着いた音色に大きめのヴィブラート、よく整備されたテクニックと丁寧なダイナミクスのコントロールという、アメリカン・エコールの最上の美点を備えているのは勿論なんですが、それだけじゃない。何か、とても幸福な気分を、聴く人に分けてくれるような演奏です。
ちょうど、春になった野原に一人でいるときに、ふいにこの世界のすべてのものに感謝したくなる一瞬があるような、そんな感覚が、聴き了えた後に残るのです。
これはもう「人柄が音に出る」とかいうレベルの話じゃありません。真に選ばれた者が持っている才能なんじゃないでしょうか。

ケネス・チェ、天才です。
あなたの町に現れたら、絶対にお聴き逃しのないように!(1999/6/10)

ちなみに、楽器はヤマハの875、マウスピースはルソー3R、リードがバンドレンの4、だそうだ。
しかしバンドレンの4番でどうやってこういう音が出るのだろうか。

2006.01.13

サックス五重奏

日付が変わってしまったが、12日のこと。久々にわりと早く帰れたので、先日案内をいただいたコンサートに行ってきた。

サクソフォンクインテットによる ウィンターコンサート(横浜市栄区民文化センター「リリス」)

モーツァルト/「フィガロの結婚」序曲
ドビュッシー/アラベスク第1番
ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ
グリーグ/ホルベルク組曲
天野正道/セカンド・バトル
本多俊之/サクソフォン・パラダイスI、II、III
フォスターラプソディ
チック・コリア/スペイン

小山弦太郎、津田真人、塩安真衣子(A.&S.Sax)、木藤良朝子(T.Sax)、平賀美樹(B.Sax)

遅れて着いて最初に始まった「ホルベルク組曲」の冒頭からいきなり、実に見事な音楽が流れ出してきて、一気に惹き込まれた。5人全員で遠くの焦点を見据えて、迷いなくまっしぐらに進んで行く、みたいに。こういう若々しい潔さには私、弱いです。かといって決して一本調子な音楽ではなく、何気ない細部には言い知れぬ北国の情感のようなものも感じられて、これはいい演奏会になりそうだ、と思った。
ひたむきで、シンプルで、繊細。良い意味で若さに満ちた演奏だった。勿論繊細さと神経質は紙一重で、微妙なところも諸々あったけれど、後半の1曲め、手拍子の中客席をねり歩きながら吹きまくった「セカンドバトル」以降はふっ切れたのか、最近聴いたサクソフォンの演奏会では稀なほどのストレートな音楽的感興があった。

これはまさに、20代くらいの若い人たちにしか出来ない音楽だな。自分がそういう年代の頃には、こんなことが出来得る音楽も機会も持っていなかっただけに、純粋に羨ましいと思う。チケットは持ってなかったし、会場は遠いし開演には間に合いそうになかったし、行こうかどうしようかずいぶん迷ったけれど、行って本当に良かった。

300席の小さな会場ながら、なにげに「濃い」客層で、やたらといろんな知った顔の人に挨拶したり挨拶されたり会釈したり。中には誰だかよく判らない人にも挨拶されたりして(^^;

2006.01.12

過去ログ倉庫

右欄の「バックナンバー」(過去のエントリの月別)のリンクって、10ヶ月が経過すると追い出されてしまうらしい。
という訳で、当ブログ(およびブログ移行前の旧・音楽日記)の10ヶ月以上前のバックナンバーへのリンクを、こちらに集約することにしました。
カテゴリーのリンクから辿れば古いのもちゃんと読むことができますが、一応。

(後記)右欄「バックナンバー」自体に、似たような機能のリンクがいつの間にか付いたようです。

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2006.01.09

藤井一興ピアノリサイタル

昼間は、恒例の藤野へ。
病院の送迎バスの車窓から見る、冬枯れの山々の間の道沿いに畑や集落が続く風景は、小さい頃、亡母の実家のある伊豆修善寺でいつも見ていたような、懐かしい風景(中学生になるまでほぼ毎年、夏休みとお正月の度に遊びに行っていた)。
日本の原風景、と言ってもいいんだろう。

tirasi603夜は東京文化会館(小ホール)へ。藤井一興ピアノリサイタルを聴く。
当日券で入るつもりで行ったが、満席予測のため開演直前まで足止めをくったものの、無事入場。

フォーレ/舟歌第1番、第7番、第8番、第9番、第10番、第11番、第12番、第13番
ルーセル/ソナティナ
メシアン/にわむしくい(La fauvette des jardins)

圧倒的な印象。
いままで聴いたことのあるピアノとか、ピアノのリサイタルとかは、一体何だったんだろう、とさえ思ってしまった。
隅々まで彫琢され尽くした造形と、倍音のひとつひとつまで手中にあるような千変万化する音響と色彩。おもちゃのピアノのようなキンキンした音から、チェンバロのような乾いた音、そよ風のように繊細なピアニシモから腹にズドンと来るフォルティシモまで、どんな音でも出てくる。この人の指先はいったいどういう構造をしてるんだろうか。
ちなみにピアノはベーゼンドルファーだった。文化の小ホールでベーゼンって初めて見たかも。だから、という訳ではないけれど。
メシアンの作品は、作曲者の山荘のあるアルプスの麓の湖のほとりの森の風景の、暁から深夜までの時間の経過と光のうつろいを表現しているんだそうだ。はあ…。日本の山の情景とあまりにも違う極彩色の描写に、ちょっと引いてしまうが、しかしまあ、よく書くしよぉ弾くわ、としか言い様がない。
しかし、参りました。

2006.01.08

今年も「音の輪」

tirasi602今日(7日)は、音の輪コンサート2006結成式だった。
今年もまた巡ってきた、18回めのこの季節。
アルフレッド・リード博士逝って最初の演奏会。今回の演奏会は、リード博士の「音楽葬」として開催されることになる。

合奏前のミーティングにて、音の輪団長である青山氏(リード博士の日本でのマネージャーを20年間務めた)より、リード博士最後の来日時(昨年8月)の、音楽と仕事への鬼気迫るまでの執着ぶりについての話を、息を呑みつつ聞く。一同言葉もなし。

後半は初見合奏。
指揮の伊藤透先生は今日は仕事で来れず、代りに東京佼成ウィンドオーケストラ副指揮者の小林恵子さんという若い女性指揮者が、急遽代振りを務めた。難曲の初見合奏の指揮という微妙な立場ながら、手際よい合奏進行と必要最低限かつポイントを押さえた指示出しで、非常にいい感じで練習が進む。
なんでも「音の輪」の第2~5回(1990~93年)にフルートで参加されていたそうだ(当時は中学生とか高校生)。私のことも覚えていてくれて、「全然変わりませんね~」と言われた。

人の、亡くなられて初めて分かる有難み、というものは、確かにある。残念ながら。
もっともっと、リードさんの音楽を、博士の指揮や作品から感じ続けていたかった。
もう叶わぬこととなり果てた今となって、痛切に思う。
生きている間は、何となくまだ「次の機会」というものがあるような気がしちゃって、今という貴重な時間を無為にやり過ごしてしまうんだよね。
そんなものがある保証は実は何もないのに。(誰でも、何事でも。)

悔いのない音楽を。

2006.01.06

ニューイヤーコンサート…、ではなく

tirasi601新年最初に聴くコンサートは、新日本フィルの定期でした(すみだトリフォニーホール)。

江村哲二/武満徹の追憶に《地平線のクオリア》(初演)
ショスタコーヴィチ/ピアノ協奏曲第1番(Pf:シモン・トルプチェスキ)
同 /交響曲第4番
 指揮:大野和士

1曲めは世界初演。武満徹追悼(亡くなって今年で10年だそうだ。もうそんなになるのか)のタイトルとおり、たいへんに繊細な、まさに晩年の「タケミツ・トーン」が聞こえてくる音楽だった。
ただ武満のように響きが宙へ舞い上がって行くというより、どこか一点へ収斂していくような感じがある。武満がドビュッシーだとしたら、こちらはラヴェルを思わせるような音。(超個人的、いい加減な印象です)
ピアノ協奏曲。音色はなかなか美しいピアニスト。ただ私はこの曲だったらもう少し遊びのある演奏のほうが好きだ。
最後ショスタコの4番。いやはや、これがまたとてつもない曲で…乱暴狼藉の限りを尽くすような1時間。
以前パーヴォ・ヤルヴィ(後記:失礼、アラン・ギルバートでした)指揮のN響で聴いたときとはなんだか別の曲のような印象があった。そういえばかの時だって、事前にCDで聴いたのとは全く違う曲に聞こえたし。正体のつかみ難いことこの上ない、不思議な曲だ。
演奏は充実の極み。ホルンやファゴット等、ソロが巧いのは勿論、管セクション全部でのフォルティシモでの叩き込み一発でも、全ての音を把握しているかのような見通しの良さ。さすがです。

新年一発めの浮かれた気分なんてものがもしあったなら、そんなものを完膚無きまでに吹っ飛ばすような、凄まじいと言ってもよいような演奏会だった。これだから大野和士が東京のオケに来るときは聴き逃せない。
しかしいくらなんでもちょっと疲れたなあ。時間も長かったし。もう少しホッとできる一瞬も欲しいところ、というのは贅沢か。

2006.01.04

正月休み終了

今日はワタシの誕生日でした。

近所(馬込)のフレンチレストラン?洋食店?で、ディナーを食す。
ここには記念日等の度に来ている。すごく美味しい(しかも安い)のに、ネット上とかを探しても全然出てこないので(ワザと出していないのだろうと思われる)、地元の人しか知らない、というお店。よって、名前は出しません。
あまりに腹が減っていたので、写真を撮ろうなどと考える前に食い尽くしてしまい、ちょっと後悔。

昨年の誕生日にこのブログを立ち上げたので、以来ちょうど1年。
(自分としては)いい感じで続けて行けている(と思っている)ので、今年もこの調子で行くつもり。

初詣は、もと実家の近くの、目黒不動尊。

gantan04

実はこれ、何年か昔の日記から持ってきた写真なんだけど、見事になにひとつ変わっていない。
変わらないのが良いこと、というのはある。「お正月」というのは、「お互い、無事に年を越しましたね」ということを確認し合うための、様式化されたマンネリ、なのですね。

明日から仕事始め。今年も頑張ります!

2006.01.01

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
相変わらず、たくさんの未消化の課題と宿題を抱えたまま、モタモタと走り続けております。
ま、課題があるというのは(進歩する可能性があるということで)嬉しいことだ。

本年が皆様にとって良い年でありますように。

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