2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
無料ブログはココログ

« シャブリエの「田園組曲」 | トップページ | BJに載ります »

2005.12.09

ドビュッシーの「夜想曲」

先日書いたシャブリエについての文章がきっかけで、いもづる式に色々なことを思い出している。

ドビュッシー作曲『夜想曲』。この曲を知ったことを抜きにして、自分の十代は規定できない。

第1曲「雲」、第2曲「祭り」、第3曲「シレーヌ(海の精)」。
ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送局管弦楽団。高校1年生の冬、たまたまFMでエアチェックしたのが、この演奏だった。
こんな音楽があるのか!と本当にびっくりした。
冒頭の木管による動きからもう、流れゆく雲が明瞭に眼前に浮かんでくる。
クラシックをまともに聴き始めて2~3年め、クラシックには様々な情景を描写した音楽が色々あることは既に知っていたが(ベートーヴェンの『田園』の第1楽章が、「いなかに着いた時の楽しい気分」であるとかね。あと『シェエラザード』の1曲めの海の描写とか)、そういう類のものとは一線を画す、何か本質的な違いのようなものを嗅ぎとったのだった。
こんなふうに、音楽そのものが「雲」や「祭り」や夜の海を呼吸している、というものは、聴いたことがなかった。

輝かしいファンファーレで始まる「祭り」は、最後だんだんに消え入って、けだるい倦怠と輝かしさの遠い余韻の中、ピアニシモのシンバルの一打と弦のピツィカート、というなんとも印象的な組み合わせで、ふっと終わってしまう。
「祭りのあと」、という言葉を思った。祭りというものの本質を貫き通して、向こう側まで到達してしまうような、ドビュッシーという人物の底知れない感性の鋭さに震えた。

という訳で、FMで聴いたのと同じ演奏のレコードを買ってきた。

LaMer_Nonturnes

ドビュッシー/交響詩「海」、夜想曲(東芝EMI)

高校の1年生から2年生に上がる頃の一時期は、それこそ毎日このレコードばっかり聴いていたような気がする。
こんなに明るく、輝かしいオーケストラの音は聴いたことがなかった。それまでに別のレコードや数少ない実演で聴いたそれとは全然違うものだった。細部は意外とうやむやなのに、全体としての印象は明晰きわまりない。
これがフランスの音なのか。

いつかも書いたことだが、私の通っていた高校は東京の南の端近く、多摩川(神奈川との県境を流れる川)にほど近い高台の上にあった。
多摩川の河川敷(新幹線の鉄橋のすぐ下)にグラウンドを持っていて、体育の時間などにはよく、住宅街の中の坂道を5分ほどランニングして、そこまで行ったものだ。
試合の待ち時間とかは、グラウンド脇の土手に座り込んで、クラスの友人たちと他愛の無いお喋りをしながら過ごすことになる。
鉄橋の上を、ときおり「団子鼻」の新幹線や、のろのろと走る貨物列車が通り過ぎていく。(現在は横須賀線が新幹線と並走しているが、当時は品鶴線-ひんかくせん-という貨物専用線だった)

『夜想曲』の「雲」を聴くと、この当時の、多摩川の土手の草叢に座って眺めた、だだっ広い空と流れる雲を思い出す。
ドビュッシーが見たであろう、19世紀末のパリの空とは随分違う風景だろうけれど、でも照らしている太陽は同じ太陽だ。…

現在は、2枚組CD2セットに収まった「ドビュッシー管弦楽曲全集」として、発売されている。→こちら(東芝EMIリリース情報)参照

« シャブリエの「田園組曲」 | トップページ | BJに載ります »

CDを聴く」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/74078/7534047

この記事へのトラックバック一覧です: ドビュッシーの「夜想曲」:

« シャブリエの「田園組曲」 | トップページ | BJに載ります »