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2005.10.03

雲カル(9/29)の記憶

tirasi547雲井雅人サックス四重奏団 第5回定期演奏会(2005/9/29 津田ホール)

リチャード・ロドニー・ベネット/サクソフォン四重奏曲
西澤健一/サクソフォン四重奏曲(委嘱初演)
ペドロ・イトゥラルデ/ギリシャ風組曲
エルッキ=スヴェン・トゥール/哀歌(日本初演)
J.S.バッハ(伊藤康英編)/シャコンヌ

終わってみれば、忙中自ずから閑あり、という言葉を地で行ったような1日だった。久々のコンサートを堪能した。
490席の津田ホールがほぼ全く空席のない大入り。久しぶりに逢うような方々も、たくさん。サイトを見ていて声をかけて下さった方も。(ありがとうございました。)
雲井氏のマネージャーのK子さん(匿名になってねェぞ)にご挨拶したら、「是非ご紹介したい方がいます」と、雑誌「The Sax」の編集の方と引き合わされたり。

演奏自体は、曲目の表面的な馴染みのなさとは全く異なり、オーソドックスの極みだったような。
中でも、トゥール作品での、夢の中の時間のような浮遊した感覚が印象的だった。いわゆる「現代奏法」を使った曲のほとんどは、実のところ「珍奇な音のカタログ」に過ぎない場合がほとんどなのだが(気がついていないのは作曲者ばかり、なのだが)、この曲は全然違った。たまに聞こえる普通にメロディックな音が、逆に非現実的なものとして聞こえてくるほどの徹底ぶりには、参った。
伊藤康英氏編曲の「シャコンヌ」は、物凄い仕事だと思った。メンデルスゾーンの例えば「スコットランド」を聴いていると、遠いバッハのエコーが聴こえるけれど(ご存じの通り、メンデルスゾーンは19世紀におけるバッハ復興の最大の功労者である)、そういう次元に近いバッハとの一体化、に思える。
サックスでバッハ、というのは誰でも考えるし実際演奏されるけれど(私も数限りなく吹いてるけれど)、こういうのは聴いたことがない。

アンコールにミュール編曲の「アンダンテ・カンタービレ」(チャイコフスキー)、ヴィヴァルディ「まことの安らぎはこの世にはなく」、そしてお約束「ソールズベリー伯爵のパヴァーヌ」(ウィリアム・バード)。

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コメント

ううう、本当に聴きにいけなくて残念でした。トゥール、聴きたかった、、R.R.ベネットも、委嘱作品も、いわんやバッハもホールの響きと一体化してこその曲は、ぜひ録音でなく生で体験したかったです。すばらしい演奏会だったようですね。考えてみたら雲井Qは生で演奏を聴いたことがないかも、、

雲カルを聴く、という行為は、これまでも私にとって常に、言葉というものの無力を思い知らされることでした。
しかし考えてみたら、言葉で表現できない世界を現出するために、我々は「音楽」をやっているのでありまして。
そのように本質的な根源性が、バッハの素晴らしさ(&「雲カルのバッハ」の素晴らしさ)と通底しているのでありましょう。

それにしても、フランス系の作品を1曲も含まないSaxカルテットの演奏会プログラムというのは、(こと日本では)極めて珍しいことに気がついた。

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