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2005年4月

2005.04.30

リード博士登場

ピッコロ協奏曲リハーサル中。(ソロ:渡辺泰)
2楽章のtacetにて撮影。

p252is0006357226.jpg

2005.04.29

ちょっと一息

連休初日。真夏のように暑かった。
中央線に乗って、藤野というところに行ってきました。
電車の中には、あきらかにこれから合宿に行くと思われる楽器持った人達の姿がちらほら。

こちらは実のところ、そんな呑気な事態ではないんだけど、せっかく来たので少しは休日気分を、と、近所の「東尾垂の湯」という立ち寄り温泉へ。

050429a

周りはこんな感じ。ツツジが満開。
なかなかよく効く温泉だった。なんでも連休明けから工事休業らしいのだが。

050429b

藤野駅。

この三連休は、東京国際フォーラムでラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン音楽祭とやらが開催されており、興味がない訳ではなかったけれど、明日明後日は「音の輪」の駆け込み練習だし、ちょいと行けませぬ。

2005.04.28

ブラームス=シェーンベルク/ピアノ四重奏曲

この週明けは公私共に様々なトラブルやアクシデントに見舞われ、呑気にBlogなんか書いてる気にもなれなかった。世間的にも尼崎をはじめ大きな事故が続出している。
お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りします。…

昨日は都響のAシリーズ定期(東京文化会館)だっのだが、間に合わず聴けなかった。
ということで、メインプロだったタイトル曲のCDを、家で聴く。

cd031

ブラームス(シェーンベルク編)/ピアノ四重奏曲ト短調op.25
ブラームス(ベリオ編)/クラリネットソナタ第1番op.120-1(Cl:ジェイムズ・キャンベル)
 ジェフリー・サイモン指揮 ロンドン交響楽団(CALA)

私が持っているのはこのCDだけだが、他に準・メルクル指揮N響のライブ盤というのがあって、演奏自体はそちらの方が良かったような記憶がある。どうでしょう。

それにしても、いやぁ、何度聴いても、面白い曲だ。旋律の動きとか和声はブラームスなのに、音色や響きは完全に20世紀前半のそれなんだもの。ミュート付きの金管に大量投入された打楽器(シロフォンとか)と、これがブラームスぅ?って感じ。3楽章中間部のド派手な行進曲調など、原曲が想像つかない。ラヴェル編曲の「展覧会の絵」に近い、再創造の世界だと思う。
なぜこの編曲が「展覧会の絵」ほどメジャーにならないのかというと、多分「シェーンベルク」という名前に、普通のクラシック好きの人は拒否反応があるんじゃないかな、という気がするが。
だからむしろ、吹奏楽編成にでも編曲して、吹奏楽コンクールとかで演奏してみたら受けるんじゃないか。4楽章の無窮動風の動きなんか、プロコの「ロメオとジュリエット」みたいだし。誰か書きませんか。

このCD後半には、ルチアーノ・ベリオ編曲のクラリネットソナタ管弦楽版というのが入っている。
6年前、オペラシティ文化財団の招きで来日したベリオの指揮、ポール・メイエのクラリネットで、この編曲を聴いたことがある。オケは都響だったが、まるでイタリアの地方オケみたいな明るくも素朴な音色を出させていて、ベリオの指揮ぶりに感心したものだった。
それが、生きているベリオを見た最初で最後の経験だったけど。

2005.04.23

saxophone吹きとして

私の本家サイトThunder's Webは一応、サクソフォンに関するサイト、ということになっているらしくて、実際Googleのトップページの「ディレクトリ」というリンクから、アート→音楽→楽器→管楽器→サクソフォン、と辿って行くと、たいへん上位にランクインしていることが判る(私自身も最近知って、驚いた)。
Googleのディレクトリはヤフーみたいに自分で登録する訳ではなく、ランキングもリンク状況やアクセス数から客観的に判断されているはずで、なかなか光栄なことではある。
とはいえ、私としては、特にサクソフォンにこだわっているというよりは、好きなクラシック音楽のことを思いっきり書きたいというだけのことで、たまたま自分が唯一演奏できる楽器であるサクソフォンを切り口にしている、ということなんだけど。
実際、このBlogにしても、純粋なサックスネタは意外と書いてないような気もする。

続きを読む "saxophone吹きとして" »

2005.04.22

シーズン開幕#都響

tirasi526都響の2005シーズン定期の開幕は、飯守泰次郎指揮によるワーグナー「ニーベルングの指環」ハイライトでした(サントリーホール)。

「ラインの黄金」~序奏、ラインの乙女たちと指環強奪
「ワルキューレ」~ワルキューレの騎行、ヴォータンの告別と魔の炎の音楽
「ジークフリート」~愛の二重唱(フィナーレ)
「神々の黄昏」~夜明けとジークフリートのラインの旅、ジークフリートの葬送行進曲、ブリュンヒルデの自己犠牲と終曲

ワグネル・マスター飯守の熱演に、ブリュンヒルデ緑川まり、ジークフリート成田勝美、ヴォータン長谷川顯、アルベリヒ島村武男と、飯守ワーグナーではおなじみのソリストの豪華顔ぶれ。最近珍しく全席完売の客席の華やぎも、シーズン開幕にふさわしい。
今日は声楽陣は皆調子が良かったようだが、こう並ぶとやはり、緑川さんの声というか実力が頭一つ図抜けている、という印象。オーケストラも、音はまあ都響なのでちょいと軽いけれど、ある意味模範的なそれらしさだった。
しかし飯守さんって、こんなに細かく丁寧に振る人だったっけ?ちょっとイメージと違ったような。

さすが「指環」、ハイライトでも終演が9時20分近い長丁場だった。

2005.04.21

東京混声合唱団第200回定期

tirasi525東混を聴いてきました(東京文化会館小ホール)。
ワタシゃ合唱に関してはほとんど門外漢だし、この東混にしても、オーケストラのコンサートのゲストで出演している以外で聴いたことはなかったけれど、今回の曲目にはビビビと来るものがあって、時間があれば是非聴きたいと思っていたのだ。

「フランス合唱音楽の系譜」
●ルネサンスのシャンソン
G.コストレ/いとしいひとよ、見にゆこう
P.パスロー/うちの亭主はお人好し
C.ジャヌカン/鳥の歌
P.セルトン/ラララ、それは言えない
●バロックの宗教音楽
G.ブジニャック/アヴェ・マリア
A.カンプラ/ミサ曲「大いなる神の栄光に」
●近代から現代へ
G.フォーレ/ジャン・ラシーヌの讃歌op.11*
C.ドビュッシー/シャルル・ドルレアンによる3つのシャンソン
C.サン=サーンス/夜の静けさop.68-1
D.ミヨー/平和へのカンタータop.166
L.ブーランジェ/野の夕べ*
I.クセナキス/誓い[オルコス]
 指揮:ドゥニ・デュペイ ピアノ:斎木ユリ*

見てのとおり、400年以上の時代をカバーする、フランス合唱音楽の歴史を辿る見事なプログラム。
指揮者は、トゥールーズ・キャピトル劇場合唱指揮者、ラジオ・フランス合唱団音楽監督などを歴任した仏合唱界の重鎮、とのこと。
実際、たいへんに感銘を受けた演奏会となった。32人編成の鍛えられた人声による、これぞプロ!という演奏を堪能した。

400年以上の時代を隔てた音楽ながら、こうして並べて聴くと、結果的に立ち現れる響きにはどれも、何か同質性が感じられるのだった。(今日のプログラムには無かったが)私の好きなプーランクの無伴奏合唱曲なんて、クレマン・ジャヌカンのシャンソンのまさに隣にいる、という印象。最大で16声部に分かれ、グリッサンド、トレモロ、無声音など現代的な技法を駆使したクセナキス作品も、表面の難解さをかいくぐって響きの根幹に近づいて行くと、そんな感じがするような。

フォーレの「ラシーヌ讃歌」、懐かしいな。高校2年生の時に買ったフォーレの「レクイエム」のレコード(フレモー/モンテカルロ)の、余白に入っていた曲だ。「フランス音楽の響き」というものの典型というか、エッセンスとして自分の中に刷り込まれた音楽。(このことについては、いつか時間のあるときに書いてみたい。)
最大の聴き物は、フォーレのメロディでお馴染みのアルベール・サマンの詩による、リリー・ブーランジェの「野の夕べ」Soir sur la plaineだった。圧倒的にユニークな才能によって描かれた、真実の美の世界。作曲者19歳の時の作品だそうだが、同年代の頃のドビュッシーなんか問題にならないほどの物凄い美しさ、大変な才能だと思った。
もしこの人が24歳で夭折せずに長生きしたら、いったいどういうことになっただろうか、と考えてしまった。

650席の会場に、客入りは8割ほど。終演後は、非常に熱く熱心な拍手がいつまでも送られた。聴いてよかった。

2005.04.19

新着CD(4/19)

正確には新着という訳ではなく少し前に買ったものだが、この作曲家については先日、ピアノ曲のCDをご紹介して以来トラックバックをいろいろ頂いていてタイムリーだし、そういえばこちらではまだとり上げていなかったので…

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ロパルツ/弦楽三重奏曲、前奏曲・海景と歌、弦楽四重奏曲第4番
 Ensemble Stanislas(Timpani)

聴き物はやはり、フルート、ハープに弦楽三重奏という編成の、隠れたる傑作"Prelude, marine et chansons"か。
編成上、ドビュッシーの「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」、あるいは「神聖な舞曲と世俗の舞曲」にも似た、アルカイックな音世界。
ハープのボロ~ンという低音域の響きには、なにか古代世界への誘いを感じるものがある。琵琶法師の琵琶みたいなもんか(突飛な連想だが、まんざら冗談でもないかも)。
他の曲も、特にフランス音楽が好きという訳でなくても、この浮世離れした美しさは充分に受け入れられるのではないかと思う。

cd030

シベリウス/交響曲第2番
 バルビローリ/ロイヤルフィル(Chesky)

こちらは届いたばかりの、本当の新着。
2月に都響の定期でシベリウスの2番を久々に聴いて感銘を受けたのがきっかけで、Amazonを探っていたら、私にとってLP時代の刷り込み(70年代の終わり頃、RCAのゴールドシールで出ていた)であるこの演奏がCDになっていることを発見し、注文していたもの。結構時間がかかった。
古い録音(1962年)だが、たいへんリアルなしかも聴きやすい音で復刻されている。
バルビローリのシベリウスは、EMIから出ている5枚組CD(ハレ管弦楽団)を持っているけれど、こと2番に関してはこのRPO盤のほうがずっといい演奏だと思う(自分にとって聴き慣れている、というだけでなく)。

ブルー・マンデー

日曜は、明け方4時過ぎまで楽譜書きをして、なんとか書き上げて少し寝たと思ったら8時半に電話で起こされてリサーチの練習に拉致され、午前はパート練習指導、午後はいつものように分奏の指揮。
来週からは全日合奏となるので、とりあえず棒振り仕事はこれで終り。はやく合奏で吹きたい。

夕方5時で退席して、ほぼ東京縦断して川崎へ出、「音の輪」練習の最後に参加。「エルサレム讃歌」の合奏の最後に間に合った。無理やりの参加だったけど、次回29日にはいよいよDr.Reedが登場するということで練習も大詰め、少しでも行っておいて良かった。
合奏終了後は、Sax吹き5人で居残って本番当日のロビーコンサートの練習。前夜に書いた譜面が無事日の目を見た。もう少し書き直しが必要。

帰りのバスでは、寝過ごして、夜の第二京浜国道を停留所2つ分(楽器ケース2つ持って)歩いて引き返すハメとなった。

…週末はいつもこんな感じなので、月曜は大抵、疲れが残って調子イマイチです。
充実しているのは有難いんだけど。
ねむい。(だったら早く寝ろよ、という声がする)

2005.04.16

ユトランディア・サクソフォンクヮルテット

tirasi524昼間、恒例の父の見舞いに行った後、夜は調布へ出てJutlandia Saxophone Quartet(デンマークのサクソフォン四重奏団)を聴いた。(調布グリーンホール・小ホール)
プログラムやチラシでは「ジョットランディア・サクソフォンカルテット」となっているが、「ジョットランディア」はいくらなんでも違うだろうということで、タイトルの表記としました。
フランス以外の外国からSaxカルテットが来日するというのは最近(最近でなくても)たいへん珍しいことだ。愛知万博のデンマーク・ナショナルデーに招待を受けての来日に伴う、東京での2回の演奏会の初回。

J.リヴィエ/重くそして快速に(Grave et Presto)
久田典子/ Movement for Saxophone and Piano*
ブラームス/ハイドンの主題による変奏曲op.56
ニールセン Svend Hvidfelt Nielsen /夜に向かって(Towards the Night)*
ピアソラ/組曲
 *ピアノ:富永綾(デンマーク王立音楽院嘱託伴奏員)

我々の耳からするとなかなか不思議な雰囲気の演奏というのが第一印象。「歌い上げる」とか「鳴らす」というより、音を線状に「置いていく」と言うか、最初のリヴィエ(『重くそして快速に』という邦題は初めて見たぞ。「そして」ですか、)を一聴した時点では、巧いけれど(私がこれまでCDで聴いたことのある、New Danish四重奏団とかコペンハーゲン四重奏団とか、他のデンマークのカルテットに比べたら、技量は上だ)繊細なのか大雑把なのかよぉ判らんという感じ。
感性というか、音楽づくりに際して留意している部分とか音楽を見る角度が、私たちとは微妙に違うんだろうな。少なくとも聴き慣れた(日本やフランスの)サクソフォン四重奏とはちょっと違う趣だ。4人がほとんど円形に内側を向いて並ぶ配置とか、残響のほとんどない(練習室みたいな)ホールの響きのせいもあるだろう。
プログラムが進むにつれてだんだん慣れてきて、最後のピアソラは熱気あふれる演奏で惹き込まれた。

ぜんぜん宣伝とかしている様子でもなかったのに、会場は普通のおじさんおばさんとか、いつもとはちょいと違う客層で結構賑わっていた。どうやって集客したのかな。皆さんそれなりに楽しんでおられた様子で、なにより。
アンコールにやはりピアソラぽい曲を1曲吹いて(なかなか見事だったが曲名が分からない)、大喝采を浴びていた。

会場でCDを売っていたので購入。

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それにしても、巨体な方々だ。なんだかバリサクが妙に小さく見えることで…(^^;
会場でmckenさんにお逢いしたが、やはりCDを買っておられたので、CDの感想はそのうちそちらにupされるのではないかと。
(後記 CD聴いてみた。なかなか良いです。ていうか、今回のコンサートみたいな響きの全然無いホールでは、真価は判りませんわな)

2005.04.14

Happy Birthday dear Fournet

本日4月14日は、現役世界最長老指揮者ジャン・フルネの、92歳の誕生日。
ここ最近、4月は都響に客演していて日本に居たことが多かったが、久しぶりの不在の誕生日。お元気だろうか。

フルネのCDは、数えたことはないが多分30枚は下らない数を持っていると思うけれど、実は意外と普段聴くことが少ない。
実演があまりにも印象的なので、CDを聴いても生で聴いたときの感動が蘇ってこないような気がするのだ。
私自身が行ったコンサートのライブ盤も、似たような印象がある。
そんな中で、私がおそらく最もたくさん繰り返し聴いたのが、これ。

cd027

サン=サーンス/交響曲第3番「オルガン付き」(1987年9月録音)
フランク/交響曲ニ短調(1985年11月録音)
 ジャン・フルネ指揮 東京都交響楽団(DENON)

各1曲1枚ずつ出た初出時からはや、20年近くが経ってしまった。
2曲合わさって安く再発売された機会に、CD棚のスペース節約のため(^^;買い直したもの。
日本でも繰り返し演奏しているこの2曲の、「フルネ節(ブシ)」とも言うべき解釈の、原点があると思う。

新着CD(ロパルツ)

ヤフオクで、ロパルツのピアノ曲集のCDを落札、本日届いた。

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ロパルツ/庭園の音楽、3つの夜想曲、スケルツォ、若い娘たち
 Pf:ステファヌ・ルムラン(ATMA)

ロパルツ(1864~1955)は、ドビュッシーと同年代のフランスの作曲家。先日ご紹介したル=フレムなんかと同じく、ドビュッシーの影で忘れられた作曲家、ということになるんだろうけれど。
さてこのCD、この手の作曲家を調べるときに必ず見るぷ~れんさんのサイトにも載っていないので、よほどの珍品なのだろうか。まだ1回ざっと聴いただけだが、フォーレのような(ある意味フォーレ以上に?)美しい曲が並んでいて、忘れられるにはあまりに惜しい作曲家だと思う。

去年の夏、この人の「小交響曲」の日本初演(モーツァルト・オーケストラ静岡)を聴きに、静岡県島田市まで旅をしたものだった。また、10年以上前だが、大島義彰指揮の新日本フィル&新都民合唱団で「レクイエム」の実演を聴くことが出来たのも幸運だった(ロパルツの「レクイエム」は、カンプラのそれと並んで、フォーレ以外で私の最も好きなレクイエムだ)。
プラッソン指揮による「交響曲第3番」のCD(東芝EMI)は、最近入手しにくいようなので、ロパルツ作品の中で現在最も入手しやすいCDは、おそらくNaxos(初出はMarco Polo)の「聖ニコラスの奇跡」ほか合唱曲集だと思う。
初期のフォーレ、ドビュッシーの響きを愛好される向きには、是非お薦め。

2005.04.13

村治佳織さんを聴いた

tirasi523村治佳織 ギター協奏曲の夕べ(東京芸術劇場)

ベルリオーズ/序曲「海賊」
ヴィラ=ロボス/ギター協奏曲
ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ(R.Dyens編・ギター独奏版)
ラヴェル/亡き王女のためのパヴァーヌ(管弦楽版)
ロドリーゴ/アランフェス協奏曲
リムスキー=コルサコフ/スペイン綺想曲
 村治佳織(Gt)
 小泉和裕指揮 東京都交響楽団

都響の演奏会場で前売券を扱っているのをたまたま見つけて買ったチケット(主催は都響ではなく朝日新聞社)。
全席完売の大入りで、さすがの村治さん人気。ステージ後方には、華道家假屋崎省吾氏の作になる、オルガン席まで届く高さ5m以上の巨大な、まるで岡本太郎が描く鶴のような、花をあしらった一対の爆発状のオブジェが鎮座して、曲によって少しずつ異なる照明を当てられているという、不思議な雰囲気の舞台。

村治さん、実は初めて聴いたんだが、なかなか巧いもんですね。
今までにオーケストラのコンサートで何度か「アランフェス」を聴いたし、某リサーチでは荘村清志さんの伴奏に乗ったこともあるんだけど(実は)、ギター弾く人って何て言うか、ギター特有のテンポ感というか、リズム的な癖があって、オケと合わせると結構スリリングな事態になることが多いのに、ぜんぜんそういう感じがしなかった。新世代の演奏家だな。
さすがに芸劇で生ギターは音量的に厳しいので、マイクを1本立てて、ソリスト雛壇の足元に小さなスピーカーが3台。私の席(2階3列め)ではたいへん自然なバランスと音場感で聞こえていた。

しかしギターのソロって、何とも言えないメランコリーというか、郷愁を誘うというか、そういうものがありますね。ヴィラ=ロボスの2楽章なんか、まるで吟遊詩人がひとり訥々と語るような風情があって、2000人の客が入っているこの広大な池袋体育館の無粋をひととき忘れるようなsaudadeな雰囲気があった。
隣の席では連れが居眠りしてたけど(^^;。

「パヴァーヌ」は、オケも指揮者もソリストも全員舞台の上でスタンバイした状態で、ソロ版とオケ版を休みなく2曲続けるという趣向だった。音出しを全然出来ないままいきなりソロを吹かされるホルン奏者の方にとってはさぞかしプレッシャーだっただろうと思う。今日のソロホルンは笠松さん。さすがに冒頭だけ少しかすったけど、あとは完璧だった。
最後『スペイン綺想曲』。小泉さんらしい模範的な華やかさで、すっきりと終演。

2005.04.12

【訃報】関屋晋氏

書き忘れていました。

訃報:関屋晋さん 76歳=合唱指揮者・全日本合唱連盟相談役

オーケストラのコンサートで合唱付きの大きな作品を聴いたあと、カーテンコールで袖から出てくる姿を、いったい何度見たことだろうか。10回や20回では済まないことは間違いない。最後に見たのは、1月のフルネ指揮の都響600回定期、「ダフニスとクロエ」か。

ハイドン、モーツァルトの古典から、ベルリオーズ、ブラームス、ヴェルディ、マーラー、そしてウォルトン、オルフ、ストラヴィンスキーといった近現代、フォーレ「レクイエム」の祈り、ドビュッシー「聖セバスチャンの殉教」の官能的な色彩に至るまで、如何なるスタイルの音楽であっても最高の仕上がりの合唱を聴かせてくれた。
指導法は独学ながら、アマチュア相手にかくも考えられないような高いレベルのことをやらせてしまう、という点で、正に畏敬すべき名匠でありました…。

吹奏楽ってやつは…

日曜日は1日「音の輪」練習でした。朝10時半から(時間を勘違いしていて少々遅刻(^^;)夕方6時半までびっしり分奏&合奏。
渡辺先生の分奏指導は、さすが現役のプロのオケマンだけあって、きわめて実践的かつ分かりやすい。自分も最近こういう立場に立つことが多いだけに、大変ためになります。所々でポンポン出てくる比喩も秀逸。

合奏の中で吹いていると、いろいろな事態が起こっていろいろなことを考えさせられる。
大編成のアマチュア吹奏楽で起こる諸問題の根源のひとつは、「同じパートをたくさんの人が一緒に吹いている」ということだ。
今日も、3人で同じ音型を吹いていて「サックス!音がゴツゴツしてる、もっとレガート!!」なんていう叱責が飛んできて、少々凹む。自分1人だったらそんなことは指揮者に絶対言わせない自信があるのに!
最近、自分自身の音楽的スキルを、演奏ではなくて指導のほうに費やさざるを得ない場面が多いというのは結局、自分が気持ちよく演奏するためには周りのレベルを上げないとどうしようもない、という状況に追い込まれているからだ。損な役回りだよなあと思う。

更に困るのは、そういった様々な苦労や工夫や駆け引きを講じながら長時間音楽づくりに挑戦している間にも、平然と欠席している奴がいる、ってこと。
勿論私は、一部のアマチュア団体で実施されているような、練習日の度に出欠を取って出席率○%以下だと警告、○%以下だと本番に乗れない、みたいな(中高生の部活じゃあるまいし)やり方は大嫌いだし、そんなことをやっている団体には死んでも入る気はないけれど、かといってリハーサル(練習)の場に居るべき人間が居ない、というのはそれはそれで大問題だ。

私だって(以前ほどではないが今でも)複数の演奏団体に関わっているので、練習日がぶつかるという事態は日常的に起こるし、その場合は自分なりに判断してどちらかを捨てざるを得ないけれど、その場合に重要というか絶対に必要なのは、「Thunderさん、練習に居ないことが多いけれど、来た時にはちゃんとやってくれるからまあ、仕方ないか」という信頼関係をメンバーの間にきちんと作っておくことだ。
これは難しいし、厳しい。一朝一夕には出来ません。出来たとしても、ちょっとした失敗でせっかく得た信頼を一気に失くしてしまう、なんてことは簡単に起こる。
大して上手くもないのに(失礼)当然のことのように沢山の団体に係わって、「今日は○○の練習なんで休みます」と簡単にリハーサルを欠席してくれる方々というのは、そういう厳しさを果たして分かっているのだろうか?

そもそも、これだけの規模の演奏会をしようと思ったら、例えプロでも3~4回のリハーサルをしたって全然不思議じゃない訳で、それをアマチュアの我々が、(結成式を除き)7回のリハーサルで何とかしようというのはまさに大冒険ですよ。私にしてみればたとえ1回でも休むのは大変な勇気が要るんですけど…
皆さんそうじゃないのかな?不思議。

今日はちょっと「エラソー」に書いてみた。
以前にも似たようなことを書いた記憶があるし、状況が変わらない限りこれからも何度でも書くと思う。誰かが言わなきゃ駄目だ、と思うから。

2005.04.09

春たけなわ

050409いい天気だ。桜があちこちで満開。

実家の近くの行きつけの床屋へ行き、散髪。
途上、私が卒業した中学校の前を通った。
30年前、その中で学校生活を過ごした校舎。当時から結構古めの建物だったけれど、まだそのまま建っている(これより新しかったはずの高校の校舎は、とっくに建て替わった)。
なんだか時間が止まっているような、不思議な感じ。
(つうか、耐震強度とかは大丈夫なのか?)

tirasi522夜は桜木町にて、私の古巣バンドで同じSaxパートだった(私の在籍当時はまだ大学生だった)知人の結婚披露パーティがある。先月20日のコンクール打ち上げの席上、急遽誘われたのだ。
夜8時開宴とのことなので、その前に会場のすぐ近くのみなとみらいホールでの日本フィル演奏会を聴くことにした。こちらは6時開演。終わってタクシー飛ばせば間に合うかな、と。
そうまでして聴きたかったというのは、こういう曲目。

ベルリオーズ/序曲「ローマの謝肉祭」
ラヴェル/マ・メール・ロワ(全曲)
フランセ/クラリネット協奏曲(Cl伊藤寛隆)
ラヴェル/ラ・ヴァルス
 指揮:沼尻竜典

なんといってもフランセのコンチェルト。しかも伊藤さんだし。
伊藤氏には10年以上前、洗足学園を出たての頃だが、「音の輪」のゲストコンマスをお願いしたことがある。当時から非凡さが際立っていたけれど、あれよあれよと言う間に売れっ子になり、日フィルに入団、首席奏者になってしまった。
しかしフランセのコンチェルト、こうして生で聴いてみると全く、人間業とは思えない難曲だ…。イベールのコンチェルティーノ・ダ・カメラなんか指の先で吹っ飛んでしまう、みたいな。演奏時間も4楽章、25分近くかかるし。暗譜で吹ききった伊藤氏に大拍手。
オーケストラも好演。正直、日本フィルとは思えないような(^^;繊細で完成度の高い演奏だった。
先日聴いたばかりのパリ管の音は耳の奥にまだ残っているけれど、これはこれで日本人ならではの繊細さで解釈したフランス音楽、ということで充分な説得力がある。
下世話な話だが、値段の差(C席3200円、パリ管はステージ後ろの同じC席で1万4千円)を考えたら、素晴らしいものがあるでしょ。

終演後すぐ飛び出して、タクシーを拾って次の会場へ。10分もかからず到着。
出席者がおそらく百人を超える、大きな立食パーティだった。古巣バンドの仲間ということで、知った顔もたくさん。また偶然、明日の(別団体の)練習でご一緒する予定の方にもばったり遭ったりして、世界の狭さを実感する。

若い(しかも今日みたいな、仕事等のしがらみの無い)人の結婚披露パーティって、いいですね。なんかこう、初々しい希望のようなものに満ちていて。
Saxアンサンブル演奏も、勿論あり。私としては珍しく、完全お客さんモードで過ごしました。

2005.04.07

ロジェ=デュカス、ル=フレム

新着CD。中古です。

cd024

ロジェ=デュカス/バレエ前奏曲、オルフェ、春の夜想曲、フランス組曲
 レイフ・セゲルスタム指揮 ラインラント・プファルツ州立フィル(Cybelia)

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ル=フレム/ピアノ五重奏曲、ピアノのための3つの小品
 アキテーヌ国立室内楽センター(Cybelia)

今は無くなってしまった(音源はMarcoPolo等に散逸した)仏CybeliaレーベルのCDなのだが、見てのとおり日本語解説・帯付きの国内仕様。90年代の最初の頃はNECアベニューが輸入元となってこういう形で発売されていたのだ。時あたかもバブル景気の最後の頃。今では考えられませんわな。

ロジェ=デュカス(1873~1954)は、ドビュッシーのサクソフォンのための『ラプソディ』の管弦楽編曲を行った人物、ということを知っている人はエライ(「魔法使いの弟子」のデュカスとは別人。念のため)。作曲家としては無名に近いけれど、なかなか素敵な曲を書く人だ。指揮はヘルシンキ・フィルとのシベリウスの録音や、読響への度重なる客演によっていまや巨匠への道を歩むセゲルスタムだが、この頃はこんな仕事(失礼)もしてたのね。

私の音楽の好みとしてはル=フレム(1881~1984、長生き!)のほうにいっそう惹かれる。北国のドビュッシー、という感じの静謐さが魅力的です。Accordとかから出ているCDを横目に見つつ、聴くチャンスを持たずにいたんだけど、今回中古・安価・日本語解説付きというエサに飛びついてみて正解だった。

2005.04.06

パリ管・2日め

tirasi521パリ管弦楽団日本ツアー、第2日(サントリーホール)。

ドビュッシー/牧神の午後への前奏曲
ショーソン/交響曲
ドビュッシー/海
ラヴェル/ボレロ

昨日よりも断然良かった。昨日の印象がいまいちだったのはやはりP席だったからかな。昨日は聞きとれなかった分厚く輝かしい弦の音を堪能した。全員が弓を一杯に使ってダイナミックに弾くので、オーケストラ全体が舞台の上で大きく波うつかのように見える。
曲目も、ワタシ的には今日のほうが一層「ツボ」でした。1回しか行かないなら絶対こっちと思っていた。なんといってもショーソンの交響曲でしょう。指揮者プラッソン自ら語る「フランス音楽が一面で持つ、張り裂けんばかりの圧倒的な音楽の魅力」。パリ管がこの曲を演奏したというのは画期的な事態だ。パリ管とはそもそも「国際水準」を意図して人為的に作られたオーケストラで、こういうフランス限定産物のようなレパートリーはあまりやらない筈だし、この曲をレパートリーに入れている指揮者だって少ないだろうから。
(と言いつつ私はフルネの指揮で6~7回生で聴いているけれど。これって、考えてみたらものすごく贅沢な事態だ)

20分休憩の後、『海』と『ボレロ』。結構長いプログラムだ。アンコールを、やはり4曲。「アルルの女」のアダージェット、「カルメン」のアラゴネーズと前奏曲、弦だけでサティの「ピカデリー」。ちなみに昨日は最初の2曲が違って、「マ・メール・ロワ」より妖精の園、カルメンの間奏曲でした。お客さんは今日も熱狂。全部終わったら9時35分を回っていた。

ふう。2日でチケット代3万2千円も使っちまったい(^^;。という訳で、結果的には良かったけれど、やっぱりパリ管にプラッソンは似合わないな。と、数年前に聴いたトゥールーズ管の、ローカル&チャーミングな演奏を回想して思うのだった。
オーケストラとしても、こういう純正フランス物だとなんだか力を持て余しているように聞こえる。音色だって、特に金管なんかアメリカのオーケストラとほとんど変わらないくらいダークなサウンドだし。…前回来日(2001年)の直前に入団した若い首席オーボエの人、アレクサンドル・ガテって言うのかな?前回来日の当時はまるでモーリス・ブルグが蘇ったかのような輝かしい音色で吹いていたけれど、今回聴いたらなんだか別人のように大人しい音になってしまっていて、あらら、って感じ。

『ボレロ』(&昨日の展覧会の絵)のSax奏者は、プログラムには名前が載っていなかった。誰だろうか。一聴してドゥラングル系のノンヴィブラート・スタイルの音だったが、日本で名前が売れているような若手プレイヤーではないようだ。

2005.04.05

パリ管・初日

arkhills200504アークヒルズの桜がずいぶん咲いてきました。

サントリーホールでパリ管弦楽団を聴いてきた。今日は日本ツアー初日。

ラヴェル/高雅で感傷的なワルツ、ラ・ヴァルス
ルーセル/『バッカスとアリアーヌ』第2組曲
ムソルグスキー=ラヴェル編/展覧会の絵
 指揮:ミシェル・プラッソン

プラッソンといえば、トゥールーズ国立管弦楽団を率いて数多くのフランス音楽を、EMIやDGへの夥しい録音を通して紹介した名匠。ドビュッシー、ラヴェル、ベルリオーズといったスタンダードから、フォーレの管弦楽曲全集、ビゼー『アルルの女』劇音楽版の初録音や、グノー、シャブリエ、オネゲル、ミヨー、ソーゲ、マニャール、ロパルツといったマイナーどころまで、実にお世話になりました。ウチにもCDがいっぱいあります。
今般初めてパリ管の日本公演を指揮して、曲目はこれでもかと言わんばかりのフランス物オンパレード。期待が高まる。

…なかなか、良かった。ほぼ満席のお客さんも大ウケで、アンコール4曲もサービスしての終演後、オケが解散してからも拍手は鳴りやまず、再びプラッソン1人舞台に現れて挨拶をするという、在りし日の朝比奈さん状態。
ただ、どうだろう、私としては、もっと感動してもいいはずなんだがなあ?というところ。何年か前にすみだトリフォニーホールで聴いたトゥールーズ管のような音色の綾や繊細さがある訳でもなく、「パリ管巧ぇっ!」とびっくりするようなものでもなく、プレートル指揮の時のような濃厚さがある訳でもなく…。
今日はP席(舞台の後ろ)だったせいかな。満席だったせいで響きが落ち着いてしまい、美しい残響が届いてこなかったのかも。あるいは日本での初日なので、演奏が少し守りに入ってたとか?
明日も行くので、その時に分かるだろう。明日はちゃんと舞台の前の席だし。


帰宅したら、「レコード軽術」誌が届いていた。
ああ、今年もそんな季節なのね。
コンマスの「堀 絵紋」氏つうのが凄いな。写真がまた似合っていること。元は明らかに某放送響の写真。たしかにコンマスで「堀」さんといえば某放送響だし、しかもこの方はたしか、以前新聞に揶揄調でとり上げられていたことがあったけど、東京のオーケストラ界でも断トツの高所得者だったはずだ。
そこまで含めてのパロディだとしたら、ホント、唸ってしまう。

2005.04.04

新着CD(4/4)

昨日の練習帰りに寄ったCD店で、オーストラリア・ユニバーサルのローカルリリース盤を1枚790円で大量にワゴンセールしていて、普段あまり見かけないようなアイテムも結構あったので、2枚買って帰ったところ。

cd016

ダンディ/フランスの山人の歌による交響曲 デュトワ指揮モントリオール響
デュカス/交響曲 ワルター・ウェラー指揮ロンドン・フィル(Decca)

デュカスの交響曲(1月の都響定期で指揮者フルネ不在で演奏された曲だ)は好きな曲なので、大抵のCDはチェック済(フルネの新旧、マルティノン、ジョルダン、フォスター、スラトキン、トルトゥリエ、ロペス=コボス…)だと思っていたが、この演奏は知らないぞ。1974年10月録音とのことで、私の知っているこの曲の録音の中では古いほうだ。
聴いてみたが、イギリスのオケだけあって金管(ホルン、トランペット)が良く鳴っていて気味のいい演奏だった。誤魔化さずに鳴らし切るのでボロを出している箇所もあるが(^^;、なかなか気に入った。カップリングのデュトワの『フランス山人』(近代フランスの田園交響曲とも言うべき傑作で、これまた大好きな曲)も定評あるものだし、得した気分。

もう1枚。

cd015

ベートーヴェン/荘厳ミサ曲
 サー=チャールズ・マッケラス指揮シドニー響、ほか(ABC Classics)

いかにもオーストラリア・ローカルという演奏者で、評判とかも全然聞いたことがなかったが、「ミサ・ソレムニス」のCDをちょうど欲しかったところだったので買ってみた。実はあまり知らない曲なので演奏がどうなのかはよく判らないが、とりあえず曲を知るには充分でしょう。
最後まで聴いたら拍手が入っていたのでライヴだと分かった。ライヴだったら収録年月くらい表示してくれえ(何も書いてない)。


都響ジャーナルのページ内に、先日妥結した都響団員の契約制移行に関する労使交渉の経過報告が上がっている。
苦渋の決断であったことが窺われ、複雑というか、なんとも言いがたい気分。
…何事も、「音楽のために」良い判断と処置がこの先為されますように、と思わずにはいられない。

2005.04.03

疲労…

先週の日曜に続いて、リサーチで分奏指揮。
ヒンデミット、今日は2、3楽章をやったけれど(先週は1楽章中心)、いや~参りました。おそるべき精緻なる複雑さ。こういう音楽を思いつく作曲家の頭の中って、いったいどうなっているんだろうか。知恵熱が出そうだ。
もう1曲、先週やらなかったヨハン・デ・メイの『Tボーン・コンチェルト』。Tボーンステーキとトロンボーンを引っかけたトロンボーン協奏曲で、日本フィル首席奏者の箱山芳樹氏をゲストにお呼びすることになっている。乞ご期待。で、これはまた音楽は単純なんだけどえらく長い曲で、また疲労困憊。

終了後は帰宅途中のヤマハ池袋店で、捜索中のスコアを探したが見つからず。更に疲れた。海外通販を利用せざるを得ないか。
…持病の突発性難聴の症状が少し出ている(過労時に発症するのだ)。こんなもん書いてないで早く寝よう。

2005.04.02

なめ練、フェネル

新しい年度が明けて最初の土曜日は、「なめら~か」練習。
出席者5人。ソロ、デュオ、トリオ、カルテット、ラージというカテゴリー分類で行くと辛うじて「ラージアンサンブル」でした。なんというか「一つ、二つ、たくさん」という未開民族の世界(^^;。
午後枠の練習時間ほぼ一杯を Folklore for Band に突込んで終わる。こんな単純な曲でも(単純な曲なればこそ、なんだが)、やり始めると幾らでも突込みようはあるのだった。


帰宅後は、明日に備えてヒンデミットの交響曲の予習を少し。
参考音源は、フェネルのマーキュリー盤。

cd019

ヒンデミット/交響曲変ロ調(コンサート・バンドのための)、シェーンベルク:主題と変奏op.43a、ストラヴィンスキー/管楽器のためのシンフォニーズ
 フレデリック・フェネル指揮 イーストマン・ウインド・アンサンブル(Universal)

先日追悼盤として発売された、フレデリック・フェネル・メモリアル・エディションの1枚。
ジャケットの右隅に、フェネル本人が慎ましやかに顔を出している(若い!)。
非常に「巧い」演奏だ。いかにイーストマンと言えども所詮は学生バンドなので、個々のプレイヤーの音色の魅力には少々欠けるところはあるけれど、ここまでアナリーゼをきちんと施してイントネーションとフレーズを統一して聴かせるというのはただごとではない。ストラヴィンスキーなんか凄いよ。

園田高弘氏あたりから始まって、ここのところ大物音楽家の訃報が相次いでいるが、昨年暮れ、フェネルが亡くなったと聞いたときのショックは先日のベルティーニの比じゃなかったな。
本家サイトの掲示板には書いたけれど、もしフェネルが居なかったら、今の私の半分とはいかずとも3分の1は存在していなかっただろう。自分が二十代の頃に、生身の音楽家として真に決定的な影響を受けた数少ない存在だった。
そもそも、学生だった頃はお金を払ってプロの演奏を聴くという習慣というか感覚は全く無かった私が、こんなにいろんな演奏会を聴きまくるようになったのは、84年から東京佼成ウィンドオーケストラの常任指揮者になったフェネルの演奏会を好んで聴きに行くようになったのがきっかけだった。フェネル/佼成の演奏会を何度も聴く中で、それまで私の中に何となくあった、プロの演奏に対する偏見が打ち崩されていったのだ。
…フェネルの話を始めると止まらなくなる。続きはいずれまた。

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