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2005年3月

2005.03.30

2日連続のサントリーホール

tirasi520サントリーホールの周りのアークヒルズ一帯には桜の木が多い。去年の今頃はもう咲きまくっていたような記憶もあるけど、今年はまだまだ。でも今日の暖かさでつぼみがだいぶ膨らんできた。
今日は都響ではなく東響の定期公演。

モーツァルト/協奏交響曲変ホ長調K.297b
ブラームス/交響曲第1番
 指揮:ユベール・スダーン

久しぶりの東響。東響は土日の定期演奏会や主催公演が多いので、プレイヤー兼業リスナーにとってはなかなか行き辛いのだ(N響も最近Aシリーズ定期が木・金の2回から土・日に変わり、行く回数が急減した)。
2~3年前に芸劇でフランス音楽特集を聴いて以来で、その時はお目当てのショーソンの交響曲が「???」という出来でガッカリした記憶があったが、今日はなかなかの演奏だった。特にブラームス。ありがちな重苦しい熱演とは一味違う見通しの良いもので、やっぱり指揮者の格の違いかな。ただ前半は得意の「前プロモーツァルト催眠症」にやられて、記憶がところどころ飛んでいる。

モーツァルト・オーケストラ静岡の事務局のオーボエ嬢がこの演奏会を聴きに上京しているという話だったので(前プロの団員ソリストの方が大学時代の師匠だったとのこと)、ちょっと場内を捜してみたが見つからず、残念。


1年以上前からずっと労使交渉が続いていた、都響団員の契約制移行問題が、やっと妥結したようだ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050328-00000401-yom-soci

全員一律の契約制ではないということで、当初案よりはまあ条件レベルで少しはマシ、ということなんだろうけど。しかしねえ。
そもそもオケマン(音楽家)に業績審査などが可能なのか、そんなことをしていったい(音楽的に)何の意味があるのか、という根本的な疑問に対する答を獲得するまでに至らなかったのが、なんとも無念。

都のお役人さんに言わせるとたぶん「いや、私は音楽には素人だが、業績評価は必要だ、」とかなんとか言うことになるんでしょ。だからさ、その前提がそもそも違うんだっつーのに。
かつて都響の楽団主幹を勤めた故草刈津三氏も、著書の中でずばりと書いている。
「オーケストラは、音楽そのものなのだから、素人に口を出されると困るのだ」と。
「本庁職員同様に」と言うけれど、そもそも公務員に成果主義を求めること自体がどうなんだよ、という話もある訳で。
…なんかもう、考えれば考えるほどアホらしくなってくるのだった。

2005.03.29

都響・年度末定期

tirasi519都響のBシリーズ定期を聴く。今季最後の定期公演(サントリーホール)。

バルトーク/ルーマニア民俗舞曲
コダーイ/組曲『ハーリ・ヤーノシュ』
バルトーク/歌劇『青ひげ公の城』(演奏会形式)
 ユディット:緑川まり(Sp)、青ひげ公:多田羅迪夫(Br)
 指揮:スティーヴン・スローン

前半は普通に良い演奏だったが、圧巻はやはり後半の『青ひげ公の城』だった。
『青ひげ公』全曲をちゃんと聴くのは、思い出してみるとそれこそ、大学生の頃にシルヴィア・シャシュのユディットを教育TVか何かで観て以来(20年ぶり以上)。大変面白かった。
舞台の横の席だったので声は聴きとりづらかったが、それよりオーケストラの音色が、7つの扉それぞれが開く毎にまるで照明が転換するように変わるのを、息を呑んで聴いた。…ベルティーニが振った時のフランス物の、濃密なる色彩感を思い出した。ここがやっぱり、ベルティーニの薫陶の賜というか、都響というオーケストラの強みだな。東京の他のプロオケでも、もっと鳴るオケとか、パートによってはもっと巧いオケとかもあるけれど、音色の流動体としての色彩感をこれだけ出して来れるというのは、さすがだ。

終演後の大きな拍手と歓声の中、年度末ということで、定年退職される3人の楽員さんに花束(クマのぬいぐるみというのもあった)が贈られた。ティンパニの定成さんも、前回のAシリーズ(24日)で終わりかと思っていたら(前回出番ということで、今回はもう一方の首席の方がティンパニ叩くものだとばかり思っていたら)、『青ひげ公』はティンパニを2セット使ったんですね~これが。2階席の通路には「定成誠一郎万歳!」という横断幕まで飛び出した(^^)。
指揮者も3人のところを順繰りに回り、ひときわ大きな拍手。
勤め上げた仕事の最後を、こんなふうにたくさんの人に祝福されて終われるとは、オケマンってなんて素晴らしい職業だろうか、って思う。

2005.03.28

久々の棒振り

今日(日付の上ではもう昨日)は、リサーチの練習へ。
一応、ここでは木管トレーナー補佐として肩書が付いてるのだが、ううむ、何もしてないんですけど最近(^^;。なにしろ今年になって初めて練習に行ったくらいで。
という訳で早速、その場でスコア渡されて12時半から6時まで木管分奏の指揮。分奏とはいえ、バンドの前に出て棒を振るのは久しぶりで、立ちづくめで足が痛いっす。
メニューはフィンランディア、アルルの女(第1、第2組曲全部)、そしてヒンデミットの交響曲変ロ調。どれも知らない曲ではないので、まあ、どうにかなったが…

ヒンデミットやるって言うと、私の周りの連中からは結構「いいなあ~」って言われるんだけど、実際吹くこととなった楽団メンバーの間ではあんまり評判がよろしくない。掴みどころが無くて、一体何を考えてどうさらったら良いんだかよく分からない、と。
確かにヒンデミットてそうかもしれない。スコア見ても、色々な要素が線状に並んでいるだけで、ハーモニーなんかあって無いに等しいし、「解釈」の必要がない、というと語弊があるが、フレージングやデュナーミクや表情付けを一生懸命に考えるような持っていき方とはかなり違いますな。
初見でスコア見て振ってても、とりあえず拍子さえ振り間違えなければ、各パートの出とアーティキュレーションをチェックして指摘するだけで練習はとりあえず進むのだった。

来週も行きます。今度はもうちょっと勉強して行こう。

2005.03.26

休みの日はいろいろ…

休みの土曜日。久々に○ロッシュに行ってソプラノサックスを調整してもらう。
本当はコンクール本番前に行きたかったのだが、結局終了後になってしまった。なんか間抜け。ヤナギサワの楽器は頑丈だからまあたぶん大丈夫だろうと思っていて、実際どうにかなったのだが、タンポがくっついて変な音が出てしまった箇所がいくつかあったのだ。
調整をしてくれたSさん、私が先週のコンクールに出たことを(言ってないのに)先刻ご承知で、世間話ついでにいろいろ訊かれた。ううむ、隠し事はできません(^^;

帰り際にタワー新宿店に寄るが、収穫なし。


コンクールの講評というものを読んでいると、どれも言っていることが微妙に違っていて、でもすべて言われてみれば身に覚えのあることばかりで、むしろ審査員の先生方それぞれのコダワリ・価値観の違いというものが濃厚に見えるのだった。
当日の日記にも書いたが、冨岡先生に「もっと大胆な表現を」と言われると、こっちとしては冨岡先生ご自身の大胆きわまりない演奏(^^;を反射的に思い浮かべて、なんかこう、微笑しちゃったりする訳で。別の先生は、逆に「感情を出しすぎないように控えめに」と書かれていて、私の聴いたことのあるその方の演奏というのは、実にノーブルで素直で気配りにみちたものだったりする。
で、音程のこととか「アンブシュアが緩んでいる」とか、そういうことしか書いていない方もいらして、その方の演奏というのも実際、(あくまで私の印象だが)そういう部分にしか価値観を見出していないようなものだったり…(^^;
ともかく、人があることについて何かを言うというのは、その「あること」についてではなく、より多く自分自身について語っているのだ、ということを改めて再確認した次第。
怖いものです。


今日は指揮者アンドレ・クリュイタンス(1905~1967)の百歳の誕生日だったらしい。
クリュイタンスのラヴェルってのも定番だったな。今でもそうかも。高貴でしかもいきいきとしたその音楽は、今でも私にとっては別格的な輝きです。
私が高校生の頃だから1970年代の後半だったが、「クリュイタンスの芸術」という1枚1500円のレコードのシリーズが出ていて、ラヴェルの管弦楽曲全部が4枚に分かれて収録されていたのだ。白を基調としたお洒落なジャケットで、「逝って10年。誰がこの芸術を凌駕し得ただろうか!」という帯のキャッチコピーを今でも覚えている。
毎月1枚ずつ買っていって、全集が揃った時は嬉しかったな。

cd023

私が今持っているのは、1997年にBOXとして再発売されたCD。(東芝EMI)
CD1枚あたりの収録時間を短めにして、昔のLPレコードと同じ組み方にしてある。

2005.03.25

ベルティーニとフランス音楽

亡くなられて以来、あちこちのBlogやサイトでベルティーニのことが話題になっていたが(そろそろ落ち着いてきたが)、それらのほぼ全てが、ベルティーニのマーラー指揮者としての面しかとり上げていないように見える。

ベルティーニという人は勿論、現役指揮者の中では最高の「マーラー指揮者」のひとりであったことは間違いないところだが、彼はまた、若き日にパリでメシアンやナディア・ブーランジェにも学んでおり、現存するフランス圏以外の指揮者の中では最も近代フランス物に造詣の深い人物だと常々思っていた。
実際、ケルン放送響との1993年の来日公演で聴いたドビュッシーの『海』(マーラー5番の前プロ)は、私がかつて聴いたこの曲の実演の中でも最も鮮烈なものだったし、都響との演奏でも、2001年のメシアン『キリストの昇天』、記憶に新しいところでは昨年5月、最後の出演となった都響定期でのドビュッシー『イベリア』が素晴らしい出来だった。
都響とは1999年にオール・ドビュッシー・プロの演奏会を開いているが、『海』ではケルンとの演奏には及ばなかったものの、交響組曲『春』や『選ばれた乙女』といった若い頃の作品にたいへん感心した記憶がある。ドビュッシーの初期作品に特有の、炸裂するような色彩感を見事に表出していたように思う。

ベルティーニという人は基本的に、レパートリーはそんなに広くなかったと思われる。
私も、都響のある楽員さんと個人的に話した際、その楽員さんがベルティーニの欠点として「得意な曲目(例えばマーラー)とそうでない曲目の差が大きいこと」を挙げておられたのを聞いた。
都響では、フランス物といえばどうしてもフルネの陰に隠れてしまいがちだし、他のオーケストラでわざわざベルティーニにフランス物を演奏させようと考えるところもあまり無さそうなので、せっかくの得意分野を聴く機会が少ないまま終わってしまったのは残念ではあった。

CDで聴くことのできる、数少ないベルティーニのフランス物の代表的な録音が、これ。

cd022

ドビュッシー/カンタータ『放蕩息子』、『選ばれた乙女』
ガリー・ベルティーニ指揮 シュトゥットガルト放送響(Orfeo)1981年録音

ドイツのオーケストラだが、音色的な違和感はほとんどない。この頃のシュトゥットガルト放送響は、長いことチェリビダッケの薫陶を受けていたところで、こういう繊細な表現を得意としていたに違いない。
ローマ大賞第一席を受賞したドビュッシーの実質的なデビュー作『放蕩息子』は、これが唯一のステレオ全曲録音である。ノーマン、カレーラス、フィッシャー=ディースカウ(!)という豪華ソリスト陣も聴き物。
『選ばれた乙女』のソロはイレアナ・コトルバス。乙女のモノローグが終わって合唱が入ってくる部分、急にテンポを速めて追い込んでゆく独自の解釈がある。なんだかベルティーニの姿が目の前に見えるような気がした。あの鋭角的でアクションの速い(マーラーのような場面の急展開にはたいへん効果的な)、独特の指揮姿。…

音楽って不思議だな。もうこの世にはいない人でも、「それ」を聴いている時には確かに「生きている」んだから。

2005.03.24

都響定期(3/24)

tirasi518都響のAシリーズ定期を聴きに、東京文化会館へ。
たまにこのくらいの時間に会社を出ると、駅や電車が混んでるんでびっくりする。世の中にはこんなに定時で帰れる人がいるんだ(^^;。

 マーラー/交響曲第5番より アダージェット
 ウォルトン/ヴィオラ協奏曲(Vaタベア・ツインマーマン)
 ベートーヴェン・交響曲第7番
 指揮:スティーヴン・スローン

1曲めは音楽監督ベルティーニ追悼のため、ブリテンの4つの海の間奏曲から変更となった。とくに黙祷とかはなく、拍手ありの普通の進行。
本日の白眉は2曲めのウォルトンだった。カッコイイ曲だ。テンポの速い2楽章なんかまるでフィリップ・スパークみたいで、鮮やかなことこの上ない。弦楽器のコンチェルトというイメージとはちょいと違う。ソリストのツィマーマンも見事だった。まるでアンプ内蔵みたいに音がでかい上に、技巧もすごい。演奏中のアクションもかなり大きいけど、音程やフレージングが一切ブレないのはさすが。身体をくねくね動かして腰の座らない演奏をする、下手糞な音大生とかアンコン等で時々見かける自己陶酔系アマチュアプレイヤー共に見せてやりたいものだ。アンコールの1曲めの超絶技巧ナンバーの曲名を見忘れた。何だったのかな?
メインプロはベートーヴェンの7番。これぞシンフォニーオーケストラの本道、という充実した演奏だったが、スタイルは最近の若い指揮者としては拍子抜けするほどオーソドックスだったような。2楽章のオブリガートの装飾音符を前に出して弾かせるところは師匠ベルティーニと同じだったが。

今日は札響に移籍する首席トランペット福田さんの最後の出番だったようで、解散後コンマスの矢部さんはじめ皆が舞台の後ろに駆け寄って握手を求めていたのが印象的だった。ティンパニ定成さん(こちらは3月末で定年)も今日が最後だったのかな。前の得意先の課長さんでソックリな人がいて、親近感を持っていたのだが(^^;。
お二人とも、まさに都響の「顔」だった。お疲れさまです。


家に帰ったら、7月のモーツァルト・オーケストラ静岡のチケットが届いていた。
ソリストにオリヴィエ・シャルリエという超大物を招き、ラドミローの交響詩にデュティユーの新作の日本初演、ラヴェルのヴァイオリンソナタ管弦楽版の再演という、例のごとくぶっ飛んだプログラム。
今年も行きまっせ。いや~楽しみだ。

2005.03.21

コンクールの記憶

20日、日本サクソフォーン協会主催アンサンブル・コンクール本選当日。

ステージの上に乗るのは久しぶり(数えたら14年ぶりでした)の洗足学園前田ホール。実際の演奏は、細かいところはさすがにいろいろあったけれど、響きが良くて、吹いているにつれてなんだか楽しくなってくるという、良い本番だった。
結果は「入選」(順位外)だったけれど、まあいいでしょ。台風の直撃に散った昨年10月の『ドリー』、なんとかリベンジを果たすことができて、とりあえずは嬉しい。
#プログラム、結果はこちら(協会サイト内サブページ)にupされています。

表彰状は、審査員の先生5名の直筆サイン入り。スゲェ!

hyoshojo

冨岡センセの講評の「Sop、もっと大胆に表現して欲しい。」てのが、個人的にはツボでした。
大胆な表現ッすか。うーん大胆な表現。

…終演後の舞台前で記念撮影。(クリック拡大)

maeda_hall050320

このコンクール、特に一般の部は、日本全国から名うてのSaxヲタク共が集まる(^^;面白い行事として、この先ずっと定着されていくことを切に望む。

YWOSEのメンバーに合流して、溝ノ口の駅前で合同打ち上げ。YWOSEの母体楽団は私の古巣でもある訳で、皆顔見知りということもあり、ちょっと盛り上がり過ぎて0時5分の川崎行終電を逃してしまい(>_<)、3時まで会場を移して二次会の後、YWOSEの団長M氏の車で送ってもらったのだった。すいませんでした。帰宅は4時過ぎ、そのまま昼まで寝ていた。いやはや、いい歳して何やってんだか。

…これでひとつ終わった。少しホッとする。それでも、YWOSEと「なめら~か」合同演奏の件とか、酒の席とはいえ先のことについて色々な話が出たので、また新たな可能性を吟味しつつ進んでいかねばならない。

お疲れさまでした。そして、応援ありがとうございました。

2005.03.19

一夜明けて…(都響ショスタコーヴィチ)

午前中は来客。相方の家族(妹2人と父)が嵐のようにやって来て去って行った。

午後は、奇しくも最初からの予定なのだが、都響の「作曲家の肖像~ショスタコーヴィチ」と題する演奏会を聴きに、東京芸術劇場へ向かう。
会場入口には、音楽監督ベルティーニ死去とそれに伴う本日の曲目変更のお知らせが掲示されていた。1曲めの『モスクワ=チェリョムーシキ』がカットとのこと(チケット代を半額返金するそうで、事務大変だろうな~)。
この『モスクワ=チェリョムーシキ』という曲、家にCDがあるのだが実になんともおチャラケた曲で、ふさわしくないという判断だったのだろう。今日の指揮者のスティーヴン・スローンという人はベルティーニの弟子だったんだそうで、心境は察するに余りあるというものだ。

ということで、「交響曲第8番」1曲の非常にシンプルなプログラムとなった。
こういう状況下で聴くショスタコの8番。ショスタコーヴィチの『戦争レクイエム』、とでも呼びたいような曲だ。なんとも恐ろしいまでに心に食い込んでくる音楽であることよ。
演奏も、客席をも巻き込んだたいへんな緊張感にみちたものだった。謎めいたフィナーレが静かに終わった後、指揮者が手を高く挙げたまま過ぎた十数秒の沈黙。…ベルティーニの最後のコンサート、マーラー9番のフィナーレを思い出した。あの時もこうだったな。目の前の舞台が、昨年5月に見た時間の止まったような風景と二重写しになって見えた。…

家に帰ってからは、本家サイト関連の作業を少し。あとは明日の本番のための譜面の見直し、など。
さて、はやいとこフォーレの描く子供の世界への頭の切換えをしなければ。…厳しいなあ。

2005.03.18

ベルティーニ氏、逝く

ガリー・ベルティーニ氏(東京都交響楽団音楽監督、4月より桂冠指揮者)死去。77歳。

今日は久々に早く仕事が上がって(といっても7時ちょっと前)、職場から徒歩10分のサントリーホールに行ってこれまた久々の日本フィルの定期に当日券で駆け込み、広上淳一指揮の「エニグマ音頭」(^^;とでも言いたいような振り付きの『エニグマ変奏曲』の素晴らしい演奏を楽しんで、家に帰ってきて夕刊を見てまず目に飛びこんで来たのがこのニュースだった。第一声は「エーッ、そんなん、ありかよ!」てなもんで。

悲しいとかショックとかいう以前に、とにかく呆然。…間違いなくこの10年間で最もたくさん実演を聴いた演奏家だった。5年にわたって埼玉会館で全て聴いたマーラーの全交響曲をはじめ、思い出は数知れない。
俊敏で精力的な指揮ぶり、鋭くも色彩的で彫りの深いその音楽、世界の十数ヶ国語を自在に話し、70を過ぎてから日本語をも完全にマスターしてしまう明晰な頭脳(一度だけ『ペトルーシュカ』のリハーサルを見学したことがあるが、指示はすべて日本語だった)には老いの影すら無かったというのに。…
それでも、これだけ沢山の機会、充実した時間を共に過ごさせてもらったことを、感謝すべきなのかもしれないが。

都響を最後に指揮した、昨年5月のマーラー8番、そして9番の演奏会(埼玉会館)のチラシを、謹んで掲示させていただきます。
本当にこれが今生の別れになってしまおうとは。出来過ぎ。…

tirasi517

2005.03.17

ディーリアス

昨日今日と、珍しく終日立ち仕事。疲れた。
疲れた時には、やっぱりディーリアスでしょ。という訳で。

cd021

ディーリアス管弦楽曲集 バルビローリ/ロンドン響、ハレ管(東芝EMI)

マルティノンのドビュッシーなんかと一緒に先日発売された、東芝EMIの廉価2枚組シリーズのひとつ。
ビーチャムのディーリアスは何度も再発売されてるけど、バルビローリのがまとまったのはあまり見なかったような気がする。私が知らないだけ?
その昔、『アパラチア』と『楽園への道』が一緒に入ったLPを持っていて、よく聴いたものだ。…いやー懐かしいです。
懐かしいといえば、今は亡き三浦淳史さんの解説文も。イギリス物といえばこの人の一手商売だったな。情報としての正確さと格調の高さ、行間に感じられる音楽への愛情がこれだけ高度に統合された文章というのは、類例がない。

その解説によると、この『アパラチア』は1996年に一度CD発売されているらしい。
…やっぱり私が知らないだけだったようだ。

2005.03.16

なかたよしなお、えましょうこ

『夏の思い出』を作詞した江間章子さんが亡くなられていたらしい。

中学とかの音楽のテスト(ペーパーテスト)で、「有名な歌の作曲・作詞した人の名を書きなさい」という類の問題への対策として、作曲者・作詞者の名前を替え歌に折り込んで覚えてしまう、ってのやりませんでした?
『夏の思い出』は「♪なかたよしなお、えましょうこ~」、
『荒城の月』は「♪たーきーれーんーたーろぉ、どーいーばーんーすーい」、
『浜辺の歌』だったら「♪なーりぃーたーたぁーめーぞーおぉー、はーやぁーしーこぉーけーい」といった具合。
…こんなことばっかりやっていたもんで、今でも曲のタイトルを聞いて「まともな歌詞」がすぐには出て来ないことがある。ないか。

…ちょっと不謹慎な軽ネタになってしまいました。
ご冥福をお祈りします。

2005.03.15

アルモの『ドリー』

20日のアンサンブルコンクールで私たちが演奏する曲は、何度か書いているけど、フォーレ作曲『ドリー』。
6曲ある組曲のうち、第1、2、3、6曲を吹く。
この4曲をサクソフォン四重奏に編曲した楽譜が出版されているのだ。CDも出ている。

cd020

ドビュッシー/弦楽四重奏曲、フォーレ/ドリーより、ベルノー/サクソフォン四重奏曲
 アルモ・サクソフォン・クァルテット(Orange Note)

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2005.03.13

久々のレッスン

tirasi5163月20日のアンサンブルコンクールの実施要項、タイムテーブル、チラシが送られてきました。

今日(12日)は音の輪の練習日だが、午前中に無理やり設定してアンサンブルコンクールの合わせも行う。メンバー4人中3人は今回の音の輪に出場するし、そもそも「なめら~か」というのは音の輪の姉妹団体みたいなものなので。

事実上最後の練習なので、気合入れて会場の開く朝9時に現地集合。
今回、メンバーのツテで、松井さんという芸大出身のSaxプレイヤーの方をお呼びして、午前中いっぱいレッスンを付けていただいた。先週急遽お願いしたのだが快く引き受けていただき、感謝。
実は私たちなんかよりずっと若い方なのだが、さすがに音楽をよくわかっている人で、充実した時間を過ごした。自分たちだけで考えていたのではなかなか思い至らないレベルのところまで様々な指摘や提案を受けて、非常にすっきりした、新鮮な気分。
先生と向かい合ってレッスンを受けるというのは久しぶりのことだったが、やっぱりたまにはこういう時間というか、機会は必要だな、と改めて実感した。

mr_matsui

レッスン終了後の松井さん。これからサントリーホールで本番(東京フィルのエキストラ)だそうだ。


午後は「音の輪」合奏。
欠席者が多くてちょいと寂しい合奏だったけど、人数が少ないぶんかなり細かいところまで突っ込まれた。
こちらもまだまださらい足りないのは分かってるんだけど、とりあえず20日の『ドリー』が終わってくれないことにはなかなか気持ちの余裕がないです。

2005.03.10

音大生によるサクソフォン四重奏の夕

日本サクソフォーン協会主催による、表記の催しを聴いてきました(高津市民館NOCTYホール)。

午後5時開演、サクソフォン科のある各音大の学生の皆さんが入れ替わりで、8時半の終演までひたすら演奏をするという、聴くためのコンサートというよりはまあ、「音楽大学対抗アンサンブルコンテスト」みたいなもんだ。
普通に仕事終わってから行ったので、実際聴けたのは半分もなかったのだが。
曲目・出演者は以下の通り。(協会サイトよりコピペ)

1.東邦音楽大学 A.デザンクロ/四重奏曲
S直井 亮 A小林あゆみ T嶋田早苗 B市川卓巳

2.国立音楽大学 D.マズランカ/マウンテン・ロードより
S関田春香 A黒崎二紗子 T橋本祥子 B近藤敬行

3.武蔵野音楽大学 F.シューベルト/弦楽四重奏曲「死と乙女」
S野原 孝 A荒井真弓 T相馬大介 B中村正明

4.名古屋音楽大学 J.アプシル/PIECES EN QUATUOR
S水野宏美 A伊豫田美奈子 T武田 梢 B瀧 彬友

5.東京音楽大学 M.ラヴェル/クープランの墓より
S蓼沼雅紀 A神谷会美 T岡田朋子 B野口紗矢香

6.東京ミュージック&メディアアーツ尚美 A.デザンクロ/四重奏曲
S松岡一樹 A政岡聖子 T小松崎美沙 B笹尾淳一

7.名古屋芸術大学 C.パスカル/四重奏曲
S水野幹子 A安齋 藍 T藤田ともみ B尾田麻衣子

8.昭和音楽大学 D.マズランカ/マウンテン・ロード
S長澤範和 A北嶋恭子 T野口恭世 B大澤沙織

9.愛知県立芸術大学 A.ドヴォルザークarr.阪口新/弦楽四重奏曲「アメリカ」より
S山内婦佐子 A佐藤こずえ T今尾絵里 B中田真砂美

10.エリザベト音楽大学 T.ESCAICH/LE BAL pour quatuor de saxophone
S岸本和宣 A住田郁子 T牛尾杏里 B原菜穂子

11.桐朋学園芸術短期大学 A.デザンクロ/四重奏曲
S大川欣哉 A柳澤真由子 T江川良子(同大学演奏員) B松原孝政(同)

12.洗足学園音楽大学 F.シュミット/四重奏曲
S鳥井綾子 A清水美咲 T榮 あや B菅原聡美

13.東京芸術大学 J.リュエフ/演奏会用四重奏曲
S田村真寛 A貝沼拓実 T冨岡祐子 B東 涼太

今の若い人って、上手いよね。指が回る上にリズム感がいいから(私の世代以上と今の二十代の人達では、リズム感という面では全く別人種だと思う)、シュミットの2楽章みたいな難所も、きちんと連携すべきところを連携してそつなく吹いてしまう。
ただ、それだけ吹けるんだったら、もっと思いのこもった「音楽」が聞こえて来ても良さそうなものなのに、そうでもないんだよね。とりあえず教わったとおりに吹いてます、みたいな。

学生の演奏を聴いていると、学生さんの問題というよりもむしろ、背後にある教えている先生の側の問題、というのが見えてくるように思う。音大の先生たちも今、急速に世代交代が進んでいる訳で。
以前聴いた時のこの催しに比べて、芸大がなかなかいい演奏を聴かせるようになっていた。昔は芸大のチームというと、個人技はあるのに明らかに合わせをしてなくてイマイチぱっとしない出来で、ここぞとばかりに気合入れて仕上げてくる他の私立音大チームに負ける、というパターンが多かったのだが。
結局、それも先生たちがちゃんと教えている、ってことなんだろう。別に手取り足取り教える、という意味ではなく、音楽に則して、その時その場に必要なことをちゃんと伝えているか、ってことなんだけど。

NAXOS二題

本家サイトの読者の方より、NAXOSのCD日本作曲家選輯シリーズ中の大澤壽人『ピアノ協奏曲第3番』にサクソフォンが使われている、とのご教示を頂いた。
このCD、半年以上前に買ったままろくに聴かずに積んであったので(^^;、あわてて聴いてみた。うむ、よく聞こえる。解説にもしっかり書いてあるし(^^;;。1938年の作曲とはとても思えないハイカラで垢抜けた曲だ。この大澤壽人という人、『サクソフォン協奏曲』(1947)も書いているらしい。聴いてみたいものだ。

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2005.03.09

【訃報】セルジュ・コミッショーナ

5月9日にオーボエのモーリス・ブルグJTアートホールで室内楽の演奏会を開くそうで、今日(8日)が発売日だったのだが、昼間はぴあに電話なんかしてる暇もなく仕事に追われ、夜になってやっとWebで確認してみたら、既に全席完売でした。
力抜けたぁ…

都響に何度も客演した、ルーマニア出身の指揮者セルジュ・コミッショーナの訃報を知る。76歳。
際立った個性を聴かせるタイプではない職人的指揮者で、主にアメリカとカナダの地方オケでキャリアを積んだという経歴もそうだけど、あまり日本で人気が出るような類の指揮者ではなかったかも。実際、まだ全然ニュースにもなっていないようだし。
だけど、手際がよく、しかしそれでいてこれ以上ないほど良心的な音楽づくりは、私はとても好感を持っていたのだが。
2001年暮れの、ブリテンの4つの海の間奏曲にウォルトン『ベルシャザールの饗宴』という演奏会、あと1996年のチャイコフスキー『マンフレッド交響曲』(同郷の指揮者シルヴェストリに敬意を表して採り上げたとのことで、いつになく熱い演奏だった)が印象に残っている。

tirasi515

2001年の『第9』公演。都響を最後に指揮した演奏会となった。…

2005.03.05

in life, as in art, it is really the minutes that count.

ここ何日かココログの設定をいじくって、やっとよくありがちなBlogになってきた。
サブタイトルに使った英文は、指揮者の故フレデリック・フェネル氏の言葉です。
人生は、芸術がそうであるように、まことに一瞬のことである、みたいな意味か。
「人生は短く、芸術は永い」という言い方はよくあるけれど、実のところあまりリアリティのある言葉には思えない。舞台芸術家にとってはむしろ、芸術もまた一瞬のものである、というほうがよほど実感だろうと思う。
なにしろ舞台というのは、その時、その場限りの輝きなのだから。


なめら~か練習。
朝から『ドリー』合わせ。とめ氏は結局現れず(やっとシャバに出てきたと思ったらいきなり当直だと)、代役を立てて練習。いろいろと思い悩むこと多し。まあ、自分の実力以上の演奏というのはどうやっても出来ないんだから、開き直るしかないけど。

午後は、作曲者の高橋さんから先日送られてきた『月森の詩』改訂版楽譜をみっちり合奏。なかなか充実した練習が出来たと思う。

tirasi514終了後は、地下鉄でひと駅移動、昨日書いた演奏会に向かう(関内ホール・小ホール)。

ラヴェルの生誕130年を記念した催しということで、オール・ラヴェルプログラム。クープランの墓より4曲(木管五重奏版)、弦楽四重奏曲、ピアノ三重奏曲。
横浜日仏会館の主催で、出演者は全員、ヴァイオリンを弾いたマルグリット・フランス女史の室内楽の生徒とのことだった。
フランス女史はたしかアンセルメ時代のスイス・ロマンド管弦楽団の団員だった方と記憶する。現在は日本で長く教育と演奏に携わっていて、以前アマオケの伴奏でショーソンの『ポエム』を弾かれていたのを聴いたことがある。今日はその時からだいぶ時間が経ってお年を召された感じで、背中もかなり曲がっていたし指のコントロールも衰えていたけれど、それでも弦カルとピアノトリオという大曲2曲のトップを休憩なしで、おまけにアンコールの『ハバネラ形式の小品』まで、音楽の「格」を保ったまま弾きのける気力と体力はさすが(もっと酷く衰えた演奏家というのはいくらでも聴いたことがあるので、このくらいは許容範囲内)。
ホールがもっと良い響きだったらもっと感動しただろうと思ったが(反響板の全く無い、ほとんど講演会用の小ホールだった。残念)。

木管五重奏による『クープランの墓』は、フランスの昔のタイプのピストン式ホルンを使ったもので、他の4本を吹き飛ばす普通のクインテットのホルンとは全く別世界だった。繊細で木管楽器みたいなサウンドで、ファゴット(バソン)と全然区別がつかない。目から鱗、の音色。

2005.03.04

春の雪

朝は予報どおり雪でした。積雪2cm。帰る頃にはすっかり溶けてたが。日曜日もまた雪だとか?

明日は久々のなめ練&ドリーの合わせなので、楽譜など見返しているところ。
新しいリードも買ったし。

CDも5枚(うちひとつは2枚組なので、正確には5タイトル6枚)買った。
聴いたものから、暇があったらご紹介していくつもり。

明日の練習終了後は、練習会場の近くの関内で、ネット上の知人(パリ音楽院管弦楽団の伝説のホルン奏者ルシアン・テヴェに関するサイトの管理者)が演奏会に出演されるそうなので、聴きに参上する予定。
メイソン・ジョーンズ編曲のラヴェル『クープランの墓』木管五重奏版を演奏するとのこと。
私たちと同じく、フランス近代のピアノ曲を管楽器のアンサンブルで演奏するということで、何か参考になるものがあるかもしれない。

http://www.afjam.org/NewSite/IndexJp.htm(新着情報)



iPod-miniの新色とやらが発売になって、価格も下がったようなのだが、どうやらゴールド色がラインナップから落ちたらしい。
(→こちら参照

ワタシが持ってるやつ、将来プレミア付くかも(^^;

ipodmini

2005.03.03

ちなみに

昨日書いた内容の一部は、近い将来、本家サイトで数年越しの懸案となっている「ジャン=マリー・ロンデックス論」をまとめる際、そのコンテンツとして使われる予定。
表紙は、これになります(既に決定済)。

tirasi513

1993年11月、ロンデックス最後の来日リサイタル。(クリックで拡大)
会場は、今は無くなってしまった、お茶の水の旧・日仏会館の古ーいホールだった。

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2005.03.02

マルティノン、ドビュッシー、ロンデックス

ジャン・マルティノン指揮フランス国立放送管によるドビュッシー管弦楽曲全集。
本日2005年3月2日に、東芝EMIから何度めかの再発売盤がリリースされた。

EMIクラシック決定盤2CD ドビュッシー管弦楽曲集1
同 ドビュッシー管弦楽曲集2 (東芝EMIのサイトより)

1973~74年、アナログの全盛期に録音された、ドビュッシー演奏史上に輝く名盤中の名盤。
CD時代になってからも、デュトワ=モントリオール、ブーレーズ=クリーヴランドの新録、クリヴィヌ=リヨンといったドビュッシーの名演はいくつか現れたけれど、このマルティノン盤はある意味「別格」。音楽そのものが炸裂しているようなこの演奏に比べると、先に挙げた演奏は、勿論素晴らしいんだけど、どうも分析的というか、批評的というか、どこか醒めた耳で聴いてしまうところがある。
また、現在はもう聴くことのできなくなってしまった20世紀前半までの伝統的なフランス音楽演奏のスタイルと音色を、惜しげもなく鮮明なサウンドで聴かせてくれる最後の時代の録音という意味でも、当盤の価値は不滅だろうと思う。自分が10代の頃から親しんだ演奏だからというのは勿論あるにしても。

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